大串章主宰の「百鳥」は2024年5月号で創刊30周年を迎えられた。その記念誌の特集に一句鑑賞を求められ、寄稿致しましたので、ここに再掲させて戴きます。
大串章の一句鑑賞 栗林 浩
灯火親しがり版刷りの同人誌 『恒心』
この句からは謄写版のインクの匂いがする。「同人誌」に係わる句としては、
秋雲やふるさとで売る同人誌
があるが、両句はともに青春抒情句である。氏の故郷に対する思い入れは極めて強い。引き揚げてきた佐賀県嬉野での魚釣り、目白取り、父や母、午前午後の安静時間、短歌や俳句に思いを巡らせる時間の流れ……それでも少年なりにすることが沢山あって忙しかった。やがて俳句に熱中し、ガリ版刷り同人誌を発刊するに至る。昭和三十年代の「京大俳句」には熱心に参加しておられた。
第八句集『恒心』のあとがきには「非凡にあこがれるより、常凡をおそれぬ恒心の確かさ、これがこの作者に対する私の印象のすべてである」と飯田龍太に評されたことから、句集名を『恒心』とした、とある。
草笛を吹く目故郷を見つめをり
引き揚げて来て今があり敗戦日
敗戦忌匪賊の怒声忘れ得ず
一句鑑賞の枠を超えて、『恒心』からこれらの句を引いたが、それには訳がある。主宰に取材させて戴いたとき、氏は満州時代の苦難を語って下さった。日本が敗戦したと知れ渡ってすぐに匪賊に襲われたこと、赤子の妹さんを亡くしたこと、引き揚げの後の故郷で肺浸潤を患っていたとき俳句に出会ったこと……そのような経験から、いやがうえにも強まった平和への希求の意の強さ……それが、故郷への思いとともに、この句集の底に流れているように思う。そして氏の作品はどれも平明である。驚くほど平明であって、しかし、深い。この句は氏の原点ではなかろうか。
なお、筑紫磐井氏が、小生と同類の句を挙げて鑑賞しておられた。
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