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『大牧広全句集』



 大牧広さんの全句集を読む機会を得た。全句業を俯瞰できる高著である。ふらんす堂、2022年4月12日発行、仲寒蝉、小泉瀬衣子編集。

 栞は、次の四人の方々が書かれている。

 高野ムツオは、俳句は弱者の文学だと言った佐藤鬼房を引き「大牧広にもこれに通ずるものがある。(略)広は戦後の高度成長期に石田波郷や能村登四郎の境涯性、抒情性の影響のもとに句作を開始した。下町の庶民の生活に拠って立つ地平であった。(略)しかし、しだいに日常の悲喜哀歓の諷詠という詩性から庶民の無名性を力としたしたたかな批評性を表現の核に据え始めるのである」との評を書いている。

 能村研三は、「登四郎の弟子たちも、師系をつなぐに生真面目な一本の直線で継承したものはない。(略)大牧さんを登四郎は早くからその才能を認め、個性という自分の匂いを出し、十七文字の枠の中で人間映像をみごとに描き出す力を持っている作家であることを見抜いていた」としている。

 櫂 未知子は、「人には生物学的な父親と〈第二の父親〉と呼ぶべき存在とがいる。大牧先生は(私にとって)後者の父であった」という意味のことを書いている。

 関 悦史は、大牧作品の社会や政治への批判、家・父母・血族をテーマとしたもの、ユーモアを含んだ作品、などを紹介しつつ、「理で成り立ちながら理に終始しない句をさしだす大牧広の真価が知られるのは今後のことであろう」としている。


 私にとって、大牧広と言えばすぐに「港」創刊三十周年記念祝賀会を思い出す。平成三十年の春、グランドプリンスホテル高輪であったかと思う。大勢の祝客が待つ大広間に、木遣音頭の朗々たる歌声と連衆の掲げる「纏」に先導されて、大牧主宰が入場したのであった。

 もう一つ、個人的になるが、小生が『昭和・平成を詠んで』(平成二十九年九月、書肆アルス発行)を書くために、大牧さんを取材したことがあった。取材と言っても、事前に質問状をお送りしたら、自筆で詳しく回答して下さり、通常はロングインタビューするのだが、何回かの手紙のやり取りで原稿が出来上がったのだった。その誠実さには頭が下がった。そのとき戴いた原稿にはこんな記述があった。先の能村研三の言にも通じている。


  春の海まつすぐ行けば見える筈    『午後』

 この句は、「港」創刊のときの句です。正直に書くと、他の創刊誌とちがって祝福されなかったが、その代り「意地」を持ちました。とにかく前を向いて進むしかない。私にとって、なまじ表面的に祝われるより、シビアな視線の方が良かった、と今は思っています。


 さらにもう一つ思い出を……蛇笏賞受賞であった。密かに応援していたので、私も嬉しかった。だが、大牧さんはそのとき既に病に臥せっておられ、授与式当日には不帰の人となられていた。お嬢さんの小泉瀬衣子さん、仲寒蝉さん、衣川次郎さんらが関係者として出席されていたことを覚えている。


 前書きが長くなった。全集に触れよう。五百頁を超える大著である。第一句集の『父寂び』から第十句集の『朝の森』、およびその後の作品を、4176句納めた、とある。それに、『自句自解100句』(ふらんす堂、2017年10月23日発行)やエッセイを再録し、詳細な履歴、上句索引、季語索引などを付したものである。貴重な、完全な、しかも使いやすい資料となることは間違いない。


 私にとって懐かしい句がぎっしりと並んでいる。取材したとき、ご自身が懐かしいとして挙げて下さった句は、次の通り第一句集『父寂び』ばかりであった。第一句集がどなたにも一番懐かしい句集なのであろう。数字は該全集中の掲載頁を示す。上句索引があるので、表記を確認するのにきわめて便利である。


016 苗買つて身にそそぐ日を強くせり   第一句集『父寂び』

016 遠い日の雲呼ぶための夏帽子

018 苗市の夕日つめたき一日目

019 梁といふ強きものある涅槃寺

021 もう母を擲たなくなりし父の夏

024 晩年は強き卦の出て梅ひらく

024 だんだんに父がわかりぬ木の芽和   

027 若くして海側ことに耕せり

027 甚平着て海山遠くなりしかな

034 春愁の男のための雑木山

  

 ほかの句集からも抜きたいのだが、膨大になるので各一句にとどめておこう。

  

  053 如月の灯のいきいきと悪所なり    第二句集『某日』

  083 煮凝にするどき骨のありにけり    第三句集『午後』

  102 夏景色とはB29を仰ぎし景     第四句集『昭和一桁』

  117 手袋を呉れたる師あり戦死せり    第五句集『風の突堤』

  140 咳さえも正しく芸術院会員      第六句集『冬の駅』

  168 進駐軍の尻の大きさ雁渡る      第七句集『大森海岸』


 私は大牧さんの第八句集『正眼』あたりから句集が出されるたびにブログに紹介記事を書いていた。今、USBメモリーからそれを取り出して見ると、多くの句が抽いてあったが、ここでは数句に絞って再掲しよう。最後の句は、ユーモラスな句として、「俳句」だったと思うが総合俳誌に寄稿した記憶がある。


180 卵かけごはんや冬へ着々と        第八句集『正眼』

181 正眼の父の遺影に雪が降る

181 あつあつの牡蠣フライゆゑ生き直す

183 診察券ばかり増えゐて初音せり

185 二回ほど使ひしのみのサングラス

186 秋風や征きたる駅は無人駅

190 つちふるや夫婦で杖を使ひたる

193 涼風や義歯を外せばデスマスク


 さらに、第九句集『地平』からは、次の句を挙げている。玉子(卵)かけご飯や牡蠣フライが、私自身も好きなせいか、ここでも選んでいた。


201 つくづくとふるさと持たぬ三が日   第九句集『地平』

202 ふらここに昭和の軋みありにけり

206 老斑のたのしく増えて味噌雑炊

208 玉子かけご飯の至福一の午

209 口汚すもの食べてゐし空襲忌

212 仏壇に何か倒れて盆終る

215 牡蠣フライ銀座に路地のあればこそ

217 やがて雪されど俳句は地平持つ

217 働かぬ日の大切や桃の花


 第十句集『朝の森』からは反骨的な句を掲げよう。老いて益々反骨的であり、金子兜太に通ずる境地にあったと思うのである。


223 かざぐるま泣きたくなれば廻るらし  第十句集『朝の森』

227 正論が反骨となる冬桜

229 春野菜福島産と聞けば買ふ

231 達観は嘘だと思ふ新生姜

232 かの人の敵は「九条」破芭蕉

234 元闘士巧みに氷下魚焼いてをり

239 敗戦の年に案山子は立つてゐたか


 今回は、この全句集で、蛇笏賞に輝いた『朝の森』以降の作品を纏まって読むことが出来た。中から小生の気に入りの句を抽いておこう。


 『赤の森』以降。


243 タクシーに無視されてをり冬夕焼

247 すこしづつ遠くなりゆく春景色

247 花種を蒔きたることも夢のごと

251 冷麦や一週ごとに齢をとる

253 缶ひらく力まだあり雲の峰

257 跳箱を跳べたる日ありいわしぐも

258 すこしづつ義理欠いてゆく神の留守

259 冬紅葉ひらたい言葉の化身なり

262 特攻の蛍となりて来るてふ嘘

266 もう病ひ詠まぬと決めてクリスマス

272 二人子のゐてこそ夏の夢平ら


 老いてゆく様を正直に書いている。最後の句は辞世だったのだろうか。いまごろ、天国で兜太らと日本の将来を心配しながら、語り合っているのだろうか。


 懐かしく『大牧広全句集』を開いて、閉じて、また開くであろう。ありがとうございました。

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