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しなだしん句集『魚の栖む森』



 しなださんは、平成九年「青山」(岸風三樓系)に入会し、二十九年には編集長となり、令和二年に主宰を、山﨑ひさを(現名誉主宰)から継承した。該句集は第三句集で、「角川俳句叢書―日本の俳人100」シリーズである。角川文化振興財団、二〇二三年九月二十六日発行。


 帯にある自選(と思われる)句は次の十一句。


  喝采のやうな風鈴市をゆく

  口すこし曲げて忘年会を出づ

  港あり風あり春の雲ありぬ

  人間に祷るいつとき蟻に影

  ガーベラをいつぽん歯ブラシが二本

  ぼうふらのはりついてゐる水の裏

  梟の身に軸のありこちら向く

  風のなか鷹師こぶしを風に置く

  ほどきゆくやうにも見えて藁仕事

  江戸の空蹴つてぐるりと出初式

  渓流に小さき砂浜みそさざい


 小生の共鳴句は次の通り。


017 火を得ればもの美しき鶴啼く夜

021 風曳いて鷹は鷹師の手へ戻る

025 寒禽のまなこに海の吹き溜る

033 人去つて星のプールとなりにけり

041 這ひ松の叫び狭霧にのまれたる

052 厩出しを待つたてがみの布陣かな

055 万緑や望遠鏡は射る角度

056 ほうたるを遺品のごとく手に受くる

058 轍からはじまつてゐる夏野かな

060 身をおをく月のプールを泳ぎ切る

061 船室に葉巻のにほふ夜の秋

063 黒ぶだう水を濡らしてゐたりけり

065 親分と子分のごとく障子貼る

067 スケートの両手あはあはしてゐたり

076 蜆売おほきな財布提げてくる

079 さみしさの肘から入る半仙戯

080 祭観て祭の端を帰りけり

083 蛇らしい形に蛇の泳ぐなり

093 ほらこれが長十郎の手ざはりと

104 青梅雨やみな羽ひらく蝶図鑑

106 二日ほど蠅取リボン見て過ごす

122 袋掛け花を咲かせてゆくごとし

141 ガーベラをいつぽん歯ブラシが二本(*)

143 サーファーの鼠小僧のやうに立つ

153 御降のあと夕星のひき緊まる

171 風のなか鷹師こぶしを風に置く(*)

190 熱出してゐるやうなかほ羽抜鶏

195 海を見てきちきちばつた色失くす

199 気嵐の明るむなかに鶴のこゑ


 見たモノやコトを、自分の視点から出発して、特徴的な部分を特徴的な言葉で描写をして俳句に作り上げている。その典型を二句あげるとすれば、


065 親分と子分のごとく障子貼る

143 サーファーの鼠小僧のやうに立つ


であろう。いい得て妙であり、読んていて楽しい。しなだ俳句の傑作例であろう。しかし、このような「ごとく」俳句以外にもっと しなだ味の句 がある。もう少し「しなだ俳句」を鑑賞しよう。


141 ガーベラをいつぽん歯ブラシが二本(*)

 何処での描写であろうか。南こうせつの「神田川」のような下宿であろうか。牛乳瓶(今はあまりない)にガーベラが一本だけ挿してある。別のコップには歯ブラシが二本。貧しかった青春時代のノスタルジーだろうか。名詞と数詞だけで、動詞も形容詞も副詞も使わない、ぶっきらぼうな俳句。心得てそう書いているのだ。そこに味がある。


171 風のなか鷹師こぶしを風に置く(*)

 別に〈021 風曳いて鷹は鷹師の手へ戻る〉があった。こちらは「鷹」が主人公で、「風を曳いて」がポイント。一方、掲句は、「風」が共通だが、拳に(場合によっては腕までもの)いかつい防具(手甲)をつけた「鷹師」(「鷹匠(たかじょう)」とどう違うのかは知らないが)が主役。鷹のもどりを促しているのであろう。よく訓練された鷹と鷹師の関係を思わせる。


033 人去つて星のプールとなりにけり

060 身をおをく月のプールを泳ぎ切る

 どこかの高級ホテルの夜景であろう。詩的で、且つ、健康的なのがいい。


 あと二句だけ、とても惹かれた句を挙げておきたい。


017 火を得ればもの美しき鶴啼く夜

 「灯」ではなく「火」なので、特別な場所で、しかも、野外を思わされる。焚火かも知れない。何処かで野生の「鶴」が啼いている(夜に鶴が啼くかどうかは知らないが、白居易の詩にはあるようです)。小生の乏しい経験では「丹頂鶴」なのだが、この句の場にぴったりの景が浮かばない。だが、素通りできない何かがあるような気がする。理屈では分からなくても、何かを感じさせるのである。


061 船室に葉巻のにほふ夜の秋

 客室やキッチンが揃っている豪華なヨットを思う。停泊していて、他の人は上陸しているのだろう。ひとりぽつねんとソファーに座って、微かな揺れに身をまかせ、茫洋と何かに思い耽っている。マホガニーの家具の上に灰皿があるのかも知れない。キューバ産の葉巻の残り香がするのかも。勝手な、しかも、贅沢な想像を楽しませてもらいました。多謝です。


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