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マブソン青眼著『遥かなるマルキーズ諸島』ー句集と小説




 著者のマブソンさんは、フランス生まれで、現在、長野市在住の俳人。金子兜太に師事し、「海程」から「海原」同人。「俳句弾圧不忘の碑」の筆頭呼びかけ人。句集『空青すぎて』で第4回宗左近俳句大賞受賞。一茶の研究でも知られている。

 帯には「南太平洋の、そよ風香る不可思議な時空……アニミズム句集とアニミズム小説を一冊に」とあるとおり、2019年夏から一年間フランス領ポリネシア・マルキーズ諸島で暮らした経験がり、そこからこの句集と小説が生まれた。


 まず句集から、小生が感動を戴いたのは、次のような句であった。


10 ここはたぶん地球ではない海青過ぎて

11 人魚に成るまでこの島で泳ごうか

15 目を閉じるほど美しき島ありき

15 孤島(しま)に来てめまいがするほどの無音

15 有人島より無人島の砂白し

18 恋語る 倒れし椰子の幹がベンチ

18 椰子の下雨宿りせん二、三年

22 死なばこの馬(ま)の瞳(め)にうつる雲に成らむ

23 ペタンク大会一等賞は子牛一頭

24 同じ蚊を払いつづけてミサ二時間

27 鶏(とり)にバナナをやっていずれは鶏を食う

28 イルカ飛び新しいタトゥーを見せる娘(こ)よ

32 この崖なら海に投げてもよい亡父(ちち)の帽

34 「風船死んだ」と島の児は泣く一秒だけ

40 人骨に彫られしパイプや唇(くち)に涼し


 南海の底抜けに明るい孤島の人たちの「生」がおおらかに、定型を外しながら、季語にもこだわらずに書かれている。

 これらの一句一句は、これに続く小説を読むとよくわかる。マルキーズ諸島は、固有の文化・習慣を持った人々が、独特な生活を営んでいたが、時を経て、西欧文化の流入によって病気が流行り、人口が減った。画家のゴーギャンが生を終えた島でもあった。


 新潟県上越市の水族館の出し物である「人魚ショー」をめぐって、物語は始まる。水族館の近くにある食堂でマブソンは、長身の青年ヨハン・テイキテハアモアナに遭った。その姓はマルキーズ諸島に特有な名であって、島にいたことのあるマブソンはその名を知っていた。ヨハンは問われるままに、ヨハンがいま日本のここにいる事情を話し始めた。

 島の自然や歴史、ゴーギャンへの憧れ、人々の暮らし、などなどが詳細に描かれ、読んで行くうちに、どんどんとメルヘン的な異文化の世界に引き込まれる。ヨハンが語っているという形が、いつのまにか、島に住んだことのあるマブソンの言葉に入れ替わっている。マブソンの眼を通し、マブソンの生活を通し、島特有の美しさが、随所に描かれているのである。人々の価値観が我々とはかなり違うことも分かる。むしろ好意的に分かるのである。

 この島の人々には「持つ」という動詞が存在しない。所有格の「の」には二種類あり、「永久に持っているもの」と「一時的に持っているもの」に分れる。自分の身体と魂にくっついているもの以外は、すべてが「一時的所有」である。刺青は身体にくっついているから永久的な意味での「私(トウ)の」という言葉を使うが、車や財産は、妻でさえ、容易に所属が変るので、別の語形の「私(タウ)の」を使う。一妻多夫制の社会であることも驚きである。この概念・習慣は、何となく「アニミズム」に近いのではなかろうか。

 ヨハンには兄ヨナスがいた。生粋のポリネシア人で、長身の美男子だった。彼は、この島には人魚がいると信じていた。そして満月と大潮の重なったある夜、美しい島の入り江で人魚と情交をもった。人魚は「一年後、ここに赤子が置かれるでしょう」といって海にかえり、二度と現れなかった。そして一年後、その浜に赤子が置かれていた。下半身が人とは違っていたが、肢体不自由児として、いつくしまれ、聡明で美しく育った。名をネイラといった。ネイラは不思議にマブソンの娘まりと瓜ふたつであった。

ヨハンとネイラは、お互いに惹かれていた。二人は、マルキース諸島の最南端の島の、素晴らしく美しい湾(名前を「処女湾」といった)の海中で結ばれた。結ばれた瞬間、ヨハンの脳内は真っ青になって、眩暈を覚えた。その後なにが起こったのか、覚えていない。ネイラの行方が分からなくなった。その島へのフェリーには二人の日本の撮影取材者がいた。彼らの機材ケースに貼られていたステッカーの情報から、ネットで辿ってみたヨハンは「人魚ショー」というイベントへのリンクに行き当たった。


 上越市の水族館の「人魚ショー」を観たマブソンの妻と娘まりが走って来て、「人魚」が「助けて、マルキースへ帰りたい」っていっているのを聞いた、とマブソンに訴えた。マブソン親子とヨハンはすぐに救出の計画を練り、実行に移した。成田からハワイ経由ロスアンゼルス、タヒチ、それからマルキースへ。その前に長野に戻ってパスポートを持って特急かがやきに乗り、上野からスカイライナー、成田が二十時二十三分。飛行機は二十三時五十五分。ネイラの下半身をタオルで包み、車椅子に載せ、まりと双子だと偽ってパスポート・コントロールを通り抜けた。間に合った。

 小説は「ほら、遥かなるマルキース諸島は、すぐそこにある」で終る。


 マブソン氏の島の現実描写や、島民の生活ぶりを知ると、この島の人々にはもちろん、万物にも霊が宿るという「アニミズム」の世界を感じ、それを主張する氏の見方に、筆者も納得である。島民はマグロを主食にしているという。マグロなどへの感謝の気持ちがあるに違いない。アイヌが鮭に霊を感じているのと同じように……。

 大人のメルヘンのような小説でした。それはまた、ポリネシアと我々の世界の比較文化論でもあった。

 楽しい小説を有難う御座いました。

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