久下(くげ)さんは俳句歴20年の方。埼玉県現代俳句大賞や埼玉文学賞を貰っていて、「紫」(山﨑十生主宰)の重鎮である。この『単眼鏡』は令和四年五月六日、現代俳句協会発行による氏の第一句集である。序文は山﨑十生主宰。下記の〈017 遮断機のゆつくり上がる春の雨〉は俳句を始めてすぐの作品とのことで、俳句センスの宜しさを感じさせる。
小生の共感した作品は次の通り。
017 遮断機のゆつくり上がる春の雨
019 子離れをして秋郊の美術館
023 夏の夜や青き炎の角砂糖
024 玉葱の吊るされてゐる駐在所
031 筍を掘る二の腕の白さかな
040 細胞のひとつひとつに滝飛沫
044 ままごとはひとり二役桃の花
047 新緑にゐて海底にゐる記憶
064 春の夜のわたしにルビを振つておく
074 天高しでつかい嘘をついてやる
080 紫陽花をどつさり活けて大丈夫
088 帆船のふと現れる芒原
098 囀や化粧ポーチの膨らんで
104 嘘ついたときの不自由桜しべ
113 空腹のすがすがしさよ露の玉
113 猫撫でてやる台風の来ぬうちに
119 大丈夫と云へないときに金魚飼ふ
126 虚と実がちりめんじやこに混じりたる
130 からだごと曲るカーブや青芒
138 何番の札所だつたか一輪草
143 したたかに踵はありぬ霜柱
145 藤の花くぐる眴せなんぞして
155 黙禱の一分間を蝉時雨
幾つかを鑑賞してみる。
023 夏の夜や青き炎の角砂糖
俳句センスの宜しさは冒頭に述べたが、この句にも感銘した。角砂糖をブランディでしめらせておいて火を点けると怪しげに美しい青い炎が立つ。紅茶に入れるのだろう。コニャックがいいとか、アルコールの飛ばし方が微妙とか……。上等な空間での非日常的な時間を想像させる。
074 天高しでつかい嘘をついてやる
山﨑主宰の序文では。久下さんの俳句の特徴を「情景描写を通しての人間の内奥に迫る」「すまし顔で大胆なことを」「空気投げのようなテクニック」などと評しているが、まさにこの句は「すまし顔で大胆」である。女性の作品だろうかと一瞬疑う。しかし、すぐに〈098 囀や化粧ポーチの膨らんで〉があって、安心する。実にダイナミックな詠み方をされる方である。
104 嘘ついたときの不自由桜しべ
「嘘」は骨が折れる。どんな「嘘」をついたのかを覚えておかねばならないから、ほんとうに不自由だ。この気分に「桜しべ」を配合した。つきもせず、離れもしない、この微妙な距離感。言葉ではなかなか説明できないが、うまい!
楽しい句集をありがとう御座いました。
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