ふらんす堂の百句シリーズは、対象俳人の俳業を俯瞰するのにとても役に立つ。選ばれた百句の解説だけでなく末尾の小論が、いつも楽しみである。その例にたがわず、該著は難解派とされている永田耕衣を理解する上で、この上ない好著である。耕衣の俳句の特徴を見事に腑分けして見せてくれている。
仁平は書いている……耕衣の俳句を読むのに通常の俳句のパラダイム(規範としておこう)通りに読むと難解となる、と。彼の俳句は俳句の規範を外れているのである。そう書いて仁平は読者を安心させてくれている。
難解といわれるもう一つの理由は、彼の俳句の理論は難しく、理解しようとするのだが、彼の俳句を読む上でその理論を理解する必要はない。彼の俳句は禅に関係していると言われるが、禅を知らなくても、彼の俳句に魅了されている読者は大勢いる。五七五の言葉がその意図を超えて飛躍するからだ。定型の力学を感知する先天的な言語感覚があって、それを理屈で論じることはできない。
耕衣は根源俳句論の代表的論者だった。「根源とは東洋的無である」というが、これは禅から出ている。座禅で求められる無の境地である。俳句的にいってみれば、それは、何ら俳句に解釈を持ち込まないということである……と仁平はいう。私にとっては、いささか禅問答のようではあるが……。
耕衣には季語を詠もうという発想がない。これも耕衣の句を読むときのヒントになるであろう。耕衣は俳句を俳諧と考えていた。蕉風ではなく談林である。高邁さよりも卑俗性がモチーフとなるのである。卑俗性に馴染むのが擬人法であり、一般には嫌われるのだが、擬人法は耕衣の得意技である。
俳句の読み方は読者の数だけありえる。この著作は多くの読みの一つを示すにすぎない……と謙遜しているが、そんなことはない。大いに啓蒙される一書である。
さて、俳句に移ろう。人口に膾炙する作品が目白押しである。
008 死近しとげらげら梅に笑ひけり
死期をむかえた父の実景らしい。耕衣三十三歳、父七十四歳。歌舞伎の一場面のようだが、父の一生の幕引きの場面でもある。
022 降る雪に老母の衾うごきけり
耕衣に母ものが多い。母の存在は一貫したテーマであった。私感だが、俳句には父よりも母が多く詠まれている。不公平ではないか! 掛け蒲団が少し動いた。母に声を掛けたが、無言であった。外は雪。その静寂のなかで母と息子が無言で向き合っている。
024 母訪へば母と我が日や寒雀
036 朝顔や百たび訪はば母死なむ
042 母死ねば今着給へる冬着欲し
044 母の死や枝の先まで梅の花
父の死にも「梅」が出てきた(008)。036は特に著名な句。百回母を訪うまでは死なないで下さいという反語で解釈すべき句である、という仁平の解説があり、納得が行った。私感だが、今風に言えばマザーコンプレックスなのであろうが、母恋もここまでくれば詩に昇華しているように思う。
028 夢の世に葱を作りて寂しさよ
よく知られている句。まさに俳句の規範に沿っていない句だと思う。「葱」は生きる糧にはならないところが、この句の妙味だと仁平はいう。
030 恋猫の恋する猫で押し通す
山本健吉はこの句を根源俳句の見本だと言ったが、仁平は、動物の本能をまるで悟りのように詠んだところに俳諧があるという。
034 かたつむりつるめば肉の食い入るや
「存在即エロチシズム」という耕衣のテーマがこの辺りからはじまっている、とある。
038 うつうつと最高を行く揚羽蝶
なかなか自分の句が理解されない耕衣は、「ホトトギス」「鶴」からこの頃は西東三鬼の奨めで「天狼」に入った。そのころの作品(このあと高柳重信に出会う。別に「琴座」を創刊している)。「最高を行く」はナマだが面白い表現。
052 物として我を夕焼染めにけり
自分を客観視している、と私などは思うのだが、仁平は、モノになった自分は思考停止に陥っていて、ナルシズムではなくマゾヒズムといった方が良い、と書いている。耕衣は晩年「肉体即物質」の境地を語るようになるが、この句はその端緒ともいえる、とある。
054 池を出ることを寒鮒思ひけり
056 水を釣つて帰る寒鮒釣一人
このころ三鬼との亀裂が生じ、また「鶴」に戻る。
066 近海に鯛睦み居る涅槃像
私にとっての耕衣難解句の一つ。誓子が推奨し代表句となった。鯛たちが涅槃図の中に入り込んでコトに及ぶという奇想天外な図は、耕衣でなければ描けない、と仁平は書いている。
072 後ろにも髪脱け落つる山河かな
山河を擬人化して「山河の髪が脱ける」のだと読めるが、そう単純ではなさそう。「後ろにも」という措辞に悲哀と滑稽が同居しているらしいのだが、私にはまだ難解。
084 泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む
重信の「俳句研究」創刊同人となった。無季俳句も作るので「鶴」を自発的に脱会。耕衣の得意な擬人法の句。
096 少年や六十年後の春の如し
小生にとって、分かるようで分からなかった句である。耕衣は少年にタイムスリップして、今現在の晩年の自分を回顧(予見?)している、といわれても……。言葉のだまし絵であって、まだ難解。
108 空を出て死にたる鳥や薄氷
054に似ている。マンネリばかりの現実に耐え切れなくなったのだ。
118 手を容れて冷たくしたり春の空
「入れて」ではなく「容れて」なのだ。これも「春の空」の擬人化。「春の空」が耕衣の手を容れてくれたのだ。耕衣の手は冷たいのだ。仁平のこの解説は私には目から鱗であった。だが「冷たくさるる」ならよく分かったのに、とも思う。
128 両岸に両手かけたり春の暮
両岸とは彼岸と此岸のこと。つまり作者は死を眼前にしながら、この世に未練があるのだ。正直な煩悩の句だ。
144 繰り返し氷の張るは恐ろしき
他愛もないことが恐ろしいのである。氷が張ると滑るので老人に恐ろしいのだ、と現実的に具体的に考えなくてもいいのでは? 思えば、ごく自然に繰り返される事象のなんと恐ろしいことか、と思ったとしても、この句は成立しそう。108のマンネリ批判にも通じる。
176 たわむれに老い行く如し冬の海
182 あんぱんを落として見るや夏の土
202 枯草の大孤独居士ここに居る
最晩年の句を引いてみた。何とも言えない寂寥感が残った。
永田耕衣を少しは理解できたかと思いました。仁平様、有難う御座いました。
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