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佐藤久句集『呼鈴のあと』




 佐藤久さんは、俳句結社「蛮」(鹿又英一主宰)の編集長で、同時に神奈川県現代俳句協会の重要な役割を担っておられる方です。その第一句集。帯には〈ソーダ水全てが未来だつた頃〉というノスタルジーの佳句が掲げられている。序文は鹿又主宰が佐藤さんの人柄や多くの佳句を丁寧に紹介している。中で、佐藤俳句は体言俳句であると、その特徴を挙げている。全く同感である。用言が多いと俳句が緩み、体言は俳句を締めてくれる、と言われている通りである。2023年12月11日、東京四季出版発行。


 自選十二句は次の通り


  呼鈴のあとの永遠夏木立

  母にだけ内緒の話桃を剥く

  補助輪を外して帰る麦の秋

  鳥渡るひとりで卵かけご飯

  橋を吊る鋼線の束冬来る

  廃業の湯屋の貼紙クリスマス

  極月の底やエレベーター開く

  初桜もう来ることのないオフィス

  濡れてゐる木馬のせなか花菜風

  ソーダ水すべてが未来だった頃

  栗を剥く何もなかつたやうに雨

  くれなゐを解き白梅咲きにけり


 小生の心が動かされた句は次の通り、多くに及んだ。


025 自転車のお守り袋風光る

027 老人の杖伸びてゆく花の空

029 てんでんのラジオ体操窓青葉

030 雲の峰背負ひて帰る大漁旗

043 エレベーターのふいの沈黙雪催

051 半月のホテル日時計にして昼寝

060 オリオンを過ぐる光点北航路

062 贅肉を転がすマット春隣

067 仲見世の造花のさくら抜け桜

072 恋人の周回遅れ合歓の花

076 田に棲めるもの光らせて落し水

084 横書きの墓碑の横長冬西日

086 荒星や背後から来るハイヒール

090 曳船の中に押船涅槃雪

096 鰻屋の山椒の小匙走り梅雨

097 父の忌の回転ドアをくる蛍

101 秋暑し象の体に耳の影

104 鈴虫や耳のうしろにある黒子

127 梅雨深し内から毀す姉の家

142 裸木の影落したるなまこ壁

151 卒業やひらひら下る乙女坂

152 歩くより遅いジョッギング朝桜

154 濡れてゐる木馬のせなか花菜風

157 夏シャツの風連れてくるデッキかな

161 裸婦像の鎖骨なめらか青時雨

163 軽トラのすつぽり入る方かげり

165 砂の膝抱いて見てゐる土用波

171 秋灯やトンボを仕舞ふ長い影

171 仮免のゆつくり曲がる初もみぢ

179 くれなゐを解き白梅咲きにけり(*)


 句集を通読して、日常の出来事や思い出を、心を通して、丁寧に書いた作品が多いと感じた。重い境涯句も、社会や政治を糾弾するがごとき句もなく、ひょっと巡り合ったことを瞬時に捉えて詠んだり、ありのままを詠っていながら、なかなか情感がある。たとえば〈084 横書きの墓碑の横長冬西日〉は、あたり前と言われればその通りだが、この句、何となくとぼけた味があるではないか。墓のことを詠んでいながら、軽い情感と俳味があるのである。

 好きな句を幾つか鑑賞してみよう。


027 老人の杖伸びてゆく花の空

 景としては、お年寄りが杖を花の空に高く掲げて何かを言っているのであろう。曇っているなら「花曇」とか「養花天」というであろうから、この日は晴れていたのだ。「杖伸びてゆく」で、自然に杖が伸びて行った感じを読者に与えた。「杖伸ばしけり」でなく「杖伸びてゆく」が良かった。何か明るいものに向かって伸びてゆくのである。孫悟空の如意棒のような仮想の世界にさえ思いが広がって行った。老人なんかではなく仙人か? そうでなくてもこの老人に「生きている感」を感じさせてもらえたのが良かった。


029 てんでんのラジオ体操窓青葉

 これは愉快。私自身がそうだ。しっかりした体操ではなく、いい加減に省略した動きしかしない。その省略の仕方が堂に入っている。特に跳躍運動がしんどいのだ。室内での体操だから「窓青葉」とした。俳句は虚を入れても許される。だから屋外の季語「青葉風」でも良いのである。でもそうせずに正直に室内であることを書いた。こんなところに久さんの誠実さ、律義さが現れているのである。


096 鰻屋の山椒の小匙走り梅雨

 トリビアルな句だと思うでしょうが、神は細部に宿るんです。私のイチオシの句です。良質なただごと俳句的な妙味があります。上等な鰻屋だと、小さな漆塗りの容器に粉山椒が入っている。それに漆塗りか竹製の小匙が付いている。この句の上五中七だけで嬉しくなります。下五の「走り梅雨」は、小匙に妙に響き合っています。よく世の中で「季語が動く」といって批判することがありますが、配合するにぴったりの季語は一つとは限らないけれども、必ずあるはずだと信じています。「走り梅雨」もその一つでしょう。


127 梅雨深し内から毀す姉の家

 偶々出会った一回性の佳句。そうなんですね。そう言えば、解体する時に、家の内部がかいま見える場合がありますね。内部はきちんと片付いています。そこから解体作業が始まるんですね。感情語は使われていませんが、記憶にある「姉の家」なら、「内から毀す」という措辞から一入の感慨が伝わってきます。抑えられた抒情句とも言えましょう。この「梅雨深し」にも情感が籠っていますね。


171 秋灯やトンボを仕舞ふ長い影

 「トンボ」はグラウンドを均す用具。凹凸やスパイクあとを均らし終わって、トンボを用具室に片付ける。日が短いので、もう「秋灯」が点っていて、選手たちの長い影が歩いてゆく。佐藤さんの青春時代の一景と考えても良いでしょう。なにかスポーツをやっておられたのでしょうか? この句は自選句の〈ソーダ水すべてが未来だった頃〉にも通底しているような気がしています。クラブ活動を終えた毎日の平凡な光景の一句から、もう一句「ソーダ水」の句を併せ読むことで想像が広がって、かつ、確かになります。句集という表現形式の恩寵でしょう。


 句集を読み通して感じたことは、モノやコトをよく見て、平易な言葉でそれらの感慨を書き上げた作品が多く、その句柄はあくまでも誠実であって、俳句に向かう姿勢も極めて率直だということです。その証拠に、アイロニーを感じさせる句はありませんでした。まさに著者佐藤久さんの人柄が浮かんでくるような句集でありました。

 楽しい句集をありがとうご座いました。

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