佐藤さんは沼津の人。図書館勤務を終えて、富士の裾野で、夫婦で農業を楽しんでおられる。俳句は「惜春」(髙田風人子主宰)、「雛」(福神規子主宰)に学んでこられた。その第一句集で、二〇二三年五月一日発行。
序文は福神規子主宰が書かれ、本文の全句は、書家の成田真洞氏の揮毫によるユニークな一書である。
佐藤さんと小生の個人的な関係を少し書いておきたい。小生が俳句評論を書くきっかけは、渡邊白泉の〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉であった。白泉は沼津市立高校に奉職していたので、小生は評論を書くため、沼津図書館で調べたり、韮山に住むご次男をたずねて、取材させて戴いたのであった。そのとき、白泉の教え子であった佐藤氏のお世話にもなり、それが縁で、沼津市立高校の校庭に白泉句碑を建てる機会に、再度ご縁を戴いたりしたものだった。書家の成田さんは白泉のご同僚だった縁もあり、お知り合いにならせて戴いた。
そんなわけで、佐藤さんの句集上梓を、他人事でなく、とてもうれしく思っている。
小生の気に入った作品を抜き書きしておこう。
018 畑打つや疲れし時は富士眺め
021 厩出し手綱を持てば歩きだし
023 てふてふの胡瓜の花に紛れけり
026 街薄暑へび屋の前を通りけり
026 切株に掛け待つほどに時鳥
041 稲刈を終へし安堵の旅にあり
043 稲刈るや腰を三つ四つどやしつつ
053 妻も吾も共に末つ子すみれ草
062 朝涼や富士の裾野の端に住み
079 富士見ゆる吾が田恵方と思ひけり
088 馬の背のやうな里山春夕焼
099 掛稲や川をへだてて伊豆の国
105 冬うらら顔みなちがふ陶狸
123 飛花落花ふつと虚しくなるところ
137 思ひ出は目に光るもの夏つばめ
142 稲穂垂る父旅立ちの法雨かな
149 冬近し田にねんごろのお礼肥
155 鍬始真白き富士に一礼し
156 しりとりのやうな会話や老の春
159 等圧線丸く大きく春兆す
162 思ひ出のイタリアのやうミモザ咲く
163 春場所や小兵力士のたのもしき
176 万緑の中にすつぽり駿河湾
187 付人より小さき力士や草相撲
201 霜降れば甘味なほ増し畑のもの
全句を通して、地に足をしっかりつけて暮らしておられる姿が見えてくる。作品はどれも、平明で明るい。一句一句に、それが詠まれた折の佐藤さんの心情が見える。たとえば、142〈稲穂垂る父旅立ちの法雨かな〉の父は100歳の天寿であられた。
小生のように、普段、へんちくりんで人を驚かせるような現代俳句ばかり目にしている者にとって、俳句の原点を思い知らされた気がした。
成田さんの清記をみて、市立沼津高校の金庫から発見された渡邊白泉の端正な墨書の句原稿を思い出した。有難う御座いました。
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