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北山順句集『ふとノイズ』




 兜太現代俳句新人賞に輝いた北山順さんの初句集『ふとノイズ』が発行された(令和三年七月七日、現代俳句協会)。北山さんは俳句結社「街」(今井聖主宰)に所属している。序文は今井主宰が「俳句は省略の文学である。(略)順さんのこの句集もまたさまざまな省略の試みがみられる」との評を書いて、多くの佳句を挙げている。

 受賞されたとき、小生は「現代俳句」に小文を寄稿した。参考までに末尾に再掲しておきます。


 一読しての、この句集の特長をやや誇張して表現すれば、次のようになろうか。


 一回性の出来事を、こう読んで欲しいとの読者向け説明を全く省略して、現代の言葉で自分なりに書いている。その点で、好感が持てる。読者に阿(おもね)ず、予定調和に陥らない宜しさがある。

 さらに、この句集を着物に例えれば、絹のドレスでも麻や海島綿のシャツでもなく、コットン系のデニムで、リーバイスかエドウインのジーンズのよろしさとでも言おうか……とにかく、若さが横溢しており、小生らには真似できない味がある。穴あきのダメージジーンズが時としてあるが、独創的であるがゆえに許される。省略が効いているため、〈063 鰯雲捥ぐAさんの疎外感〉など、やや難解な句もある。もちろん、作者は全て分かったうえで作句しているのだろうが、それが読み手に伝わらない句もあるように思う。短いがゆえの、俳句の宿命でもある。ではあるが、小生の共鳴句は多きに及んだ。


 中から小生の感銘句をいくつか挙げて鑑賞しよう。 


024 短夜のラジオネームにある自虐

 ラジオだけでなく、ツイッターなどのハンドルネームにも面白いものがある。愉快な名前であったり、大げさであったり、ひどく自虐的なのもある。名前がそれぞれ現代の縮図のようだ。新しく俗っぽい素材「ラジオネーム」に「自虐」という堅い言葉を配合した妙味。


033 鹿よぎる夜や製本の美しき

 北山さんは出版関係の仕事をされているのだろうか。装丁の美しい本が出来て、こころ浮かれる思いの夜、窓の外には、実景なのか心象なのか、鹿が過って行った。色々なものが省略されていて、実態に迫れないが、良質な「詩」を感じさせる。好きな句だ。


055 奥付の日付は未来寺山忌

 句集などの発行日は、実際よりも数日先の日付にするのだが、この句の場合は「未来」だから、少なくとも十年単位での先の日付なのだろう。だから、「寺山忌」がぴったりで、上手い。


069 不良品らし湯婆が喋りだす

「不良品らしい湯婆」が「喋りだす」というのは、どういう状況をいうのであろうか。口金が甘くて湯がジクジクと漏れ出しているのだろう。それを「喋りだす」と書いた。「湯婆」の句には、普通、昔を懐かしむようなワンパターンの句が多いのに、こんな「湯婆」の句を見たことがない。予定調和的でなく、軽妙さを感じさせる。


091 職歴の会社はとうに潰え春

 むかし企業の平均寿命は30年だと言われていた。今ではもっとめまぐるしい。バブルが弾けて、「非正規」などという言葉が当たりまえの時代となった。就活で内定を取るにも大変な時代だ。現代の社会性俳句でもある。


099 白靴も今日存分に引き籠る

「白靴」の本意は、本来、明るい戸外で活動的に使われるのが普通なのに、ここでは「引き籠る」という現代の世相用語に配合して用いている。しかも「存分に」だ。予定調和的な使われ方でない宜しさがある。


100 三ヶ月定期初日の濃紫陽花

 新しい勤め先に移って初めて支給された通勤定期券。「三ヶ月」が効いている。「濃紫陽花」だから六月ころか? 四月入社が多いので、ようやく職場になれたころで、職場への帰属意識も出始める。その意味でわりにまっとうな句である。


105 鰯雲大きく旅費の浮きそうな

 出張旅費規程に照らし合わせ、出張の旅費が浮くかどうかは、若い社員には大いなる関心事であろう。実費精算でない場合のことだが、いろいろ工夫した成果が数字で表れるのだ。関心事を直截に詠った。「鰯雲」がおおらかさを思わせる。


116 猿廻し解散近いかもしれぬ

「猿回し」は新年の季語。まさか、猿回し一座の解散ではあるまい。当今の不穏な政局の動きから、衆議院解散がありそうだとの社会性俳句のひとつであろう。「猿回し」が政治の舞台を回す影の存在を喩えているのだろうか? とすると順さんにしては珍しい作。この句を読んでいて、小生は何故か赤尾兜子の〈暗き蜜の巣政変遠き山中は〉(『虚像』)を思いだした。何の脈絡もないのだが、こんな句を思い出させる「俳句」とは不思議なものだ。


135 後ろ手にゆつくり回る踊りかな

「踊り」の手の動きの描写は俳句にいろいろ出て来るが(例えば岸風三楼の〈手をあげて足を運べば阿波踊〉、福田蓼汀の〈踊りの手ひらひら進み風の盆〉など)、「後ろ手に」は珍しい。「後ろ手」という言葉が持つマイナスのイメージを避けたいのが通常であるように思うのだが、順さんは拘らない。そこが現代俳句の新人賞作家の所以だと納得させてくれる。


143 夕時雨背に缶酎ハイがたぷと揺れ

背負ったリュックの中で「缶酎ハイ」が揺れて音をたてた。なぜか、俵万智の〈「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの〉(『サラダ記念日』)を思いだした。一回性の青春日記のよう。


146 寒林を来てパエリアの巨大鍋

業務用のパエリア鍋を見たら、あの大きさにまず驚く。そしてその大きさに比して意外なほどの浅さに気が付くはずである。入れてある食材の豊富さも、調理場の暖かさも、匂いも、配合された季語「寒林」によって立ちあがってくる。


 ほかに小生の気に入った句が沢山あったので、掲げておこう。


035 ひとりだけ定時で上がる雪催

035 開戦日子の柔らかき土踏まず

036 炬燵より起きて不良の顔となる

042 袋より葱や来月父となる

053 フライング気味に巣立つてゆきにけり

057 それぞれの部活の柄の日焼かな

060 引き摺られたがる子犬や夏の果

066 冷やかにハートマークを連打せり

077 「自信」と書かれしボール卒業す

081 審判を見上げ少女の夏果てぬ

082 泡立草ハイタッチには加はらぬ

092 スペースの余る寄せ書き春の雪

093 目貼りはぐ未だよそよそしい二人

096 八十八夜辛いときだけ聴くラジオ

101 草いきれ少女にスイッチの数多

103 役割の無くて三泊目のキャンプ

103 本当にメロンの味がして笑う

110 菊人形背中を掻いてほしそうな

115 おしくらまんじゆう手の甲にパスワード

126 出来ること増えて花盗人となる

131 赤潮といふには不思議過ぎる色

136 秋の虹ビルから代はる代はる顔

140 夜仕事の二人同時に仰け反りぬ

149 夕焚火返事を待たず投げ入れる


 今後のますますの活躍が楽しみである。



再掲引用 「現代俳句」2020年11月号より  


第三十八回兜太現代俳句新人賞のこと

 新鮮味豊かな配合の妙味―北山順の俳句

                         栗林 浩

「兜太」の冠のついた現代俳句新人賞にはじめて選ばれたのは北山順氏の「平熱が違う」五十句であった(佳作は楠本奇蹄氏)。  北山氏は昭和四十六年広島県生まれで、平成二十八年から句作を始めたという、まさに新人。初めての結社は今井聖主宰の「街」であって、今年(令和二年)入会したばかりのようだ。

昨年の兜太賞は、一位に押された方が故あって辞退されたのだが、その審査の際の議事録を読むと、選考委員の小林恭二、穂村弘、田中亜美、山本左門、瀬間陽子、中内亮玄、松本勇二、宮崎斗士の各位が実に熱心に議論をしていた様が分かる。今年の議事録は未見であるが、昨年と同様、多面的で活発な議論があったはずであり、それを潜り抜けてきた北山俳句は本物だと、敬意を表さざるを得ない。

現代俳句協会のホームページにある五句を掲げよう。

ブラウスの飾りテープに野分立つ アキレス腱に幾度も触れる鵙日和 義士の日のテディベアよりふとノイズ 日雷モツ煮をはさむコッペパン 鹿よぎる夜や製本の美しき

「飾りテープ」に「野分」、「アキレス腱」に「鵙日和」、「テディベア」に「ノイズ」、「コッペパン」に「もつ煮」、「鹿がよぎる夜」と「美しい装丁の本」……どれをとっても、あまり例を見ない詩的な取り合わせである。しかも微妙な距離感がいい。このような配合の句は、俳句を勉強したからといって、すぐにできるものではない。天性の詩心のなせる業であろう。応募五十句の他の作品も見てみよう。

  冬林檎そもそも平熱が違う 

  霾やコロポックルの服を縫う

  奥付の日付は未来寺山忌

  短夜のラジオネームにある自虐

 一句目はこの五十句の表題句。冬林檎も冷えていたに違いない。二句目のコロポックルはアイヌの伝承による小人で、「霾」との配合は稀有にして妙。三句目、上梓する書籍の発行日付が未来だという。十日ほど先の「未来」は句集などではよくあることなのだが、ここでの「未来」はもっと先で、数年か十数年であろう。「寺山忌」がそう思わせてくれて、詩情がわく。四句目、「自虐」がうまい。ハンドルネームに自虐的な名前を付けた例が多く、いかにも現代的。

 その後、「街」誌に次のような句を見つけた。

  寒林を来てパエリアの巨大鍋   四月号

  M版のずれて刷らるる春の星   六月号

  花冷や吐けぬまま喉生臭き    八月号

  たくさんの嘘ありがたう寺山忌  同

 一読して一句の中に驚きがあり、今後とも、旺盛な活躍を予想させてくれる。おめでとうございました。

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