吉村さんは神奈川県現代俳句協会の幹事で、「ロマネコンティ俳句ソシエテ」会員。副題に「目で観る句集 & 自分史」とあり、本文は横書きで大量のカラー写真を取り込んでいる。大型版(縦30センチx横21センチ)の上質紙製でユニーク、渾身の一書である。文學の森、令和五年四月十二日発行。序文は、髙木暢夫氏(「とらいあんぐる」会代表)が、丁寧に書いておられる。
該著は自分史であるから、当然であるが、ご自分の来し方や家族のこと、仕事のこと趣味のことが満載されていて賑やかである。散文の中にちりばめられた沢山の俳句作品にも、必ずしも一対一ではないが、密接に関連する写真が添えられている。
帯には次の十句が抽かれている。
ライバルは内なる己れ初鏡
かぎろひを点より現れて里のバス
韻を踏む歴史の轍春の泥
白南風や音軽やかにプルトップ
ひもじさの形状記憶ほたるの夜
冷奴もう肩肘は張らずとも
ラヂオから「茶色の小瓶」浮いてこい
触れるならお気に召すままラ・フランス
実数の後ろは虚数近松忌
マクベスの野望がうがう虎落笛
四百句ほどの中から、小生の気に入った俳句を拾っていこう。(*)は帯の句と重なったもの。
010 一斉にめくりし楽譜春立ちぬ
011 かぎろひを点より現れて里のバス(*)
012 ワイパーの軽き旋律花しぐれ
014 水笑窪あめんばうにもある重さ
015 白南風や音軽やかにプルトップ(*)
017 ふはつと香水シースルーエレベーター
020 割り箸に絡む水飴小さき秋
023 手を握るだけの見舞や冬青(そごよ)の実
023 AFTER YОU夜寒の一会エレベーター
025 十二月八日フラダンスの練習日
026 今朝の冬不整脈かな鳩時計
027 まつさらなランチョンマット日脚伸ぶ
027 福は内少し開けおく裏鬼門
028 羽子板や下町気質引継ぎて
056 映像に雨降るキネマ膝毛布
057 A面は「また逢う日まで」半夏雨
094 咳ひとつ父と覚しき午前様
094 カルメラ焼く武骨の父の春火鉢
097 小抽斗母の香水手つかずに
101 うぶ声に零れし笑みやさくらんぼ
106 丈少し長きスモック入園す
109 ゆくりなき受胎の告知花こぶし
企業で大活躍された方が、実績を残し、生活基盤をかため、退社し、新企業を軌道にのせ、外部からの評価を集め、リスペクトされている。家族にも友人にも恵まれ、俳句に目覚め、いままさにこれからの豊かな余生を楽しもうとされておられる。吉村さんは、そういう「来し方、現在」であられるようだ。そこから生まれた作品である。小生の来し方とは少しだけ違うが、共感できる作品が多い。
ここでは、しかし、それらの来し方を詠んだ佳句よりも、やや「情」を殺した、一瞬の、あるいは一回性の、客観写生的な作品をより多く戴いた。あくまでも小生の好みである。
もう一つ付け加えれば、俳句作品に写真が添えられ、丁寧な説明があると、目から鱗のように当該作品の光が輝き増すことがあるのだが、そのかわり、どうしても自由な読み方が出来なくなる。作者の思い入れの外で、読者なりに見た、感じた光りを感得するのが難しくなる。
このことを吉村氏は十分知っている。(読者にとって)「他人のプライバシーなどは煩わしいし、不遜のそしりを免れないと思うが、自分史なので自らのありのままを腹蔵なく語らねばと、腹をくくった」とあるし、「写真や・イラストの多い句集は読者の想像力を狭め“邪道“との批評は承知している」とある。読者に気遣って下さる気持ちが、十分に伝わってくる。
その様な思いを抱きながら、各俳句作品を読ませて戴いた。
特に好きだった句を挙げて、著者へのお礼に替えよう。
011 かぎろひを点より現れて里のバス(*)
視覚的佳句。不安げに待っていた田舎のバスが、遠くの小さな点として見え始めた。「情」は書かれていないが、安堵の気持ちがよくわかる。バスが来てくれるだけでうれしいのだ。
015 白南風や音軽やかにプルトップ(*)
明るい「白南風」。缶ビールをあける音。この句にコーラの自販機の写真が添えられていたら、ツヤ消しだ。写真がなく、読者の想像に任せてくれて有難い。ただし、スイスのお花畑の写真なら、小生には多いに歓迎。
023 手を握るだけの見舞や冬青(そごよ)の実
023 AFTER YОU夜寒の一会エレベーター
小生は、何故かこの二つ並びの句をセットで読んでいた。お見舞いに来たが会話が出来る状態ではなかった。ただ手を握って別れた。大きな病院のシースルーエレベーターだろうか。いや、見舞の帰りに立ち寄った別のビルかも知れない。「おさきにどうぞ」と声を掛けて、お年寄りか、ご婦人をか、先に通した。「夜寒の一会」が妙に意味深長。前の句が、間もなく幽明境を異にする人との別れだったとすると、この「AFTER YОU」と「一会」が、深刻な意味を持ってきてしまう。俳句の解釈は恐ろしい。
楽しい自分史の俳句の部分をゆるりと読ませていただきました。多謝です。
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