
向瀬さんは大輪靖宏さんの「上智句会」のメンバーで、山西雅子さんや櫂未知子さんの指導も受けておられ、かつ、フランス語圏の俳句協会にも所属しておられる。その第二句集。2022年12月24日、ふらんす堂発行。序文は大輪先生が書かれている。
自選12句は次の通り。
連山を統べ大阿蘇の野火走る
この先は獣道かや山桜
荷風忌やソーヌゆつくり蛇行して
ときめきは晩年に来よ桃の花
国境は青き海なりつばくらめ
もう少しで星を摑めるハンモック
美しき刻を重ねて滴りぬ
あるがまま溺れてみたき芒かな
十六夜のしづかに潮の引きにけり
アサギマダラ色なき風に抗はず
家系図に一人加ふる春隣
初夢や手には届かぬ北極星
小生が共鳴した作品は多くに達した。
019 連山を統べ大阿蘇の野火走る(*)
139 星月夜大きく舵を取りにけり
阿蘇の野焼は雄大である。煙の先に外輪山が悠然と「ある」という感じである。この初句や139の海の「星月夜」の句のように、雄大な叙景句の句集かと思うと、そうではない。泰西の味に満ちた句や、女性性を詠った句が目立つ。
023 逢うてのち髪艶やかに春の雪
027 赤き糸そのままにして針供養
029 初桜花びら重ね肌重ね
054 惜しみなく与ふる体春の海
086 さくらんぼいつか毎日ラブコール
091 香水を変へ恋人を変へにけり
091 香水を一滴をんなを取り戻す
092 香水やちさき嘘ほどおそろしき
108 君の香の残る夏シャツ抱きしめる
などである。この句集の一つの特徴ではあるが、それだけをこと上げするのは勿体ないので、他のテーマの作品も読んで行こう。
052 旧姓の自己紹介や春ショール
103 茄子の花同窓会は旧姓で
これも女性でないと詠めない句である。すぐに身体感覚を詠んだ句に出会った。
052 くるぶしのやや生ぬるき潮干狩り
067 散る花へしじまの重き春惜しむ
080 まとめ髪放ちて茅花流しかな
明らかに海外詠であったり、必ずしもそうではないのかもしれないが、海外の生活に慣れた人でないと詠めない句がある。
095 国籍を違ふる双子さくらんぼ
095 麦秋や立て掛けてあるフランスパン
099 麦秋やバターの香るクロワッサン
100 マシュマロの串の焦げたるキャンプ村
160 水蜜桃艶めく朝のマルシェかな
201 をちこちに焼き栗の香やセーヌ川
特に095の「国籍」の句は、どういう状況なのかを知りたくなる。
国内旅行と思われる作品はかなり多い。
117 トンネルを出るやたちまち夏の潮
168 寺町の鴟尾美しき渡鳥
171 焼栗を剥くやはらかき京言葉
184 山眠る路面電車の城下町
音楽を詠んだ句。
123 「月光」の出だしが好きと夜の秋
心の襞を詠んだ句。宗教に係わる句。海外での身の回りを詠った句。
134 マリアにも菩薩にもある秋思かな
203 馬小屋の空の揺り籠待降祭
205 ホットワイン香る聖夜の市場かな
209 シナモンの香の蝋燭や寒の入
クリスマスには、キリスト生誕の馬小屋と東方の三博士の場面を造りものにした大きなオブジェが公園や町角に設えられる。「空の揺り籠」ということは、幼子はマリアに抱かれているのだろうか。205からは拙句〈有馬先生ホットワインが冷めますよ〉を思い出す。
静かな日常生活を伝統俳句的に詠んだ句。
146 秋簾ひたひた響く水の音
176 掬ひたるミルクの膜や今朝の冬
215 日脚伸ぶ紅茶に入るる陽の光
そのほか小生の共鳴した作品には次のような句がありました。
165 パレットに暖色系や秋澄めり
185 見るたびに数へてゐたる冬北斗
220 半世紀旅したやうな夢はじめ
色々な作品を楽しませて戴きました。有難う御座いました。
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