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土井探花句集『地球酔』




 土井さんは「雪華」「ASYL」同人で「楽園」の会員。兜太現代俳句新人賞を貰った才媛である。この句集『地球酔』はその賞の褒章として現代俳句協会出版部がお世話したようだ。序文は橋本喜夫、解説は五十嵐秀彦、帯文は堀田季何の皆さんが書かれた。現代俳句協会が令和五年十一月七日に発行した。


 「雪華」主宰の橋本喜夫の選による10句は次の通り


  どうでもよいひととけつこうよい花火

  春月の呼吸聞こえるほどやまひ

  あなたとは違ふ海市を見てゐたの

  おとうとを入れつぱなしのむしごです

  薄つぺらい虹だ子供をさらふには

  シリウスの銀緯に父を放てたら

  白日を囀だつたものが降る

  轡虫あなたも地球酔ですね

  春コート星の腐臭がどうもとれず

  鳥だつた記憶が蝶を食ひさうで


 小生の共感句は次の通り。


022 四月からやめるやる気が出る薬

029 どうでもよいひととけつこうよい花火(*)

040 雪道をスリッパでゆく恋でした

052 田植機のこころもとないウインカー

054 蠅打つて懐かしくないしじま来る

059 月光を激しく抱いてゐて不安

065 神様に電池を入れる年の暮

073 初蝶の来るまで美辞麗句でしのぐ

075 あなたとは違ふ海市を見てゐたの(*)

081 桜桃の小さな方を父とする

089 入口から脱力感の文化祭

095 百均のミニ門松の倒れかた

104 AKBのやう朝顔のうぢやうぢやと

113 薄つぺらい虹だ子供をさらふには(*)

115 尊敬ができる胡瓜の曲がり方

123 膳といふ自治領に食ふ初さんま

124 平和を一年木の実と引き換へに

125 小六月壊れてちやうど良い玩具

135 水温む飲まねばたぶん死ぬ薬

157 バードウイーク日記に書いたから歩く

182 鳥だつた記憶が蝶を食ひさうで(*)


 今まで小生が永年楽しんできた「俳句」を音楽に譬えるのは無理があろうが、この句集の土井俳句は、敢えて言わせてもらえば、「ポップ・ミュジック」である。廻りくどい表現をしたが、質が違うので、心してかからねば、宜しさを見失ってしまう、という意味である。ちょうど短歌界に俵万智が現れたとのと同じ印象を持った。その俵はこの秋、紫綬褒章を受けた。

 土井さんが第四〇回兜太現代俳句新人賞を受けられたとき、小生は「現代俳句」に次の感想文を寄稿した(令和五年五月号)。 


土井探花の挑戦     栗林 浩

 第四〇回兜太現代俳句新人賞は土井探花氏の「こころの孤島」に決まった。選考会は公開で行われたようで、例年に増して熱心な議論がなされたものと思う。まず土井氏にお祝いを申し上げたい。

 編集部から読後感を求められ、二読、三読したが、なかなか手ごわい感じを受けた。結構、難解な句がある。難解といっても、あくまでも私にとっての難解さなのだが、とまれ、土井氏が選ばれたのは、現代俳句を目指す若者への、新人賞選考委員会からの、「現代俳句のあるべき姿」を提示するメッセージだと受け取っている。土井氏の作品のかなりの部分が、平明を志した多くの俳人たちの対極にある。井上ひさしの名言「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」ではなく、筑紫磐井の「俳人たちと違って、(中略)現代詩人の視覚域では〈分かりやすい〉というだけでは何の価値も感じられない。言葉がきしみあい、悲鳴を上げ、最後に救済が示されることによってこそ、言語に携わる者としての価値がある」の意見に近い。

 そんなことを考えながら、初見で感銘した句を挙げてみよう。

  尊敬ができる胡瓜の曲がり方

  職歴にやまひは書けず水の澄む

  鳥渡る医院の窓はいつもきれい 

  プリン・ア・ラ・モード崩せば冬の街

  水温む飲まねば多分死ぬ薬

分かりやすいこれらの句だけに限ると、土井氏の魅力は半減する。二読目で、むしろ、次のような句が愛おしくなる。

  てつせんと自由な国へ行くゲーム

  小六月壊れてちやうど良い玩具

  枯蔓の頑な負けるのがベター

  みそれ降る降る偽善者のリズムで

  道草の神様とゐる冬干潟

  こんな日は仲間はづれの雉が好き

 読むうちに、いよいよ本領に入って行く。

  灰色の人格で見るなめくじり

  背泳ぎの空は壊れてゐる未来

暗号化された滴り舐めてみろ

野分あと脳は不純をぐらつかせ

オムライス的な義妹が日記買ふ

愛しただらうか椿の怒りまで

「灰色の人格」「暗号化された滴り」「オムライス的な義妹」「椿の怒り」のような屹立した詩的な文字列をどう解釈すべきか。いや、意味はさておき、どんなイメージを描けば良いのか。それを求めてさ迷っている自分が不思議に楽しくなっていた。

せとものの臓器が秋と共鳴する

読初の性感帯といふ活字

 独特な感覚句である。宜しさを簡単に説明できるような句は大した句ではないのだ。


 あれから半年たったばかりである。先の兜太賞が50句対象であったに対し、この句集は299句を収容している。句集という姿のせいか、平易な句がわりに多くなった印象を受けた。兜太現代俳句賞(50句)のときの衝撃がいくらか平準化して感じられた。それでも、十分「ポップ」である。

 彼女の俳句の特徴は、従来の価値観にとらわれず、口語を用いて、機智やアイロニーを軽く言い飛ばすところにある。小生が選んだ前出の句群からこれに該当する句を探せば、次のようにたくさんある。


065 神様に電池を入れる年の暮

073 初蝶の来るまで美辞麗句でしのぐ

081 桜桃の小さな方を父とする

089 入口から脱力感の文化祭

095 百均のミニ門松の倒れかた

104 AKBのやう朝顔のうぢやうぢやと

115 尊敬ができる胡瓜の曲がり方

124 平和を一年木の実と引き換へに


 物事の本質を斜に見て言い当てている。おざなりな予定調和はない。寸鉄人を刺すがごとき句もある。それらが読者に「面白」感を与えている。古風で叙情派の私でさえ、微笑を浮かべる句がぞろぞろとあった。その点でまさに才媛である。ただし、小生が右に挙げた作品に関する限り、俵万智のモチーフとは大きく違っている。俵の歌にはアイロニーがすくない。斜に構えていない、情がある。短歌と俳句を同じ場で論じることには無理があることを承知で並べてみた。モチーフの違い、情の違いが大きい。


 この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日

 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

 明治屋に初めて二人で行きし日の苺のジャムの一瓶終わる

 

 だからと言って土井俳句の価値が割り引かれる訳ではない。狙いは俵と違ったところにあっただけであろう。作者のテーマと好みの違いであろう。

 土井俳句の傾向が、今後どのようにかわるのか、現代俳句にどういう風によい影響を与えるのか、小生には分からないが、確かなのは、口語俳句が一層広まり、若者俳句の潮流になるのではなかろうかと思う。いや、すでに伝統派の若者をのぞいて、この傾向は始まっている。口語調は散文的になるとして、この傾向を好まない世代もあろう。しかし、ChatGPTが俳句を生成する時代である。写生と花鳥諷詠ばかりが俳句ではない時代がもう、とうにやってきている。


 土井さんの大いなる健闘を、これからも期待しています。


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