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坂田晃一句集『耳輪鳴る』



 坂田さんは「藍生」(黒田杏子主宰)、「未来図」(鍵和田秞子主宰)から「磁石」の創刊同人(同人会長)を経て現在「麦」(対馬康子会長)に所属。金融機関にお勤めで海外勤務の御経験もある、とあとがきで知った。見聞の広さを感じさせる句が多いが、海外詠は目だたない。むしろ、落ち着いた和風の味が豊かである。

 序文は対馬会長が書かれ、帯には〈耳輪鳴る海亀海へ帰るとき〉を選び、『神の証の耳輪の音がシャランと響いたその瞬間、日本人の遥かな時空とふるさと四国の海の景が一つにつながり晃一俳句の原郷となっていく」と評している。

 ふらんす堂、二〇二四年七月三十日発行。


 自選句は次の十二句。


  空の高さたしかめて蛇穴に入る

  野火に降る雨応仁の乱の雨

  ゆらゆらとアスファルト炎え象の死よ

  生れくる命や月の観覧車

  地球史の一日爪弾くあめんぼう

  鏡くもらせ受難日の舌の色

  驟雨来る今年神輿の出ぬ町に

  野球部の声どんぐりの光り出す

  枯野人遥かにわれも枯野人

  雪女分厚い切符持つてゐる

  寒林や最後は燃やす紙芝居

  さそり座は旅する一座洗ひ髪

 

 小生の気に入りの句は次の通り。


016 歩みゐて水脈引くごとき春着かな

017 啓蟄や地下の地下より人の群

020 雲雀啼く空のどこかにピンホール

026 蕎麦の花揺れて冷たきインク壺

038 深海に降る雪のあり竜の玉

041 ところどころ焦げし地球やクリスマス

056 近眼のをとこに網戸ばかり見え

063 月の湖千手犇きあへるかな

070 雨よりも濡れし音立て木の実降る

079 傷つきし羽根の音して傘へ雪

084 尖塔に鐘の一室鳥帰る

087 花冷えや始祖鳥はまだ石の中

112 妻のもの畳んで小さし一葉忌

136 萍の沼のしづけさ職退いて

174 陶枕のへこみ富貴の夢すこし

182 棉吹くや嬰にことばの生れきて

190 レントゲン写真はひとり冬木立

208 更衣山に和音の雨がふる

212 月涼し硬貨を呑むといふ電話

213 写真みな生前の顔夏館

215 逝く夏の風船めきてフラミンゴ

222 未来なほまばゆきころの霜焼よ


 小生のイチオシを鑑賞しよう。


026 蕎麦の花揺れて冷たきインク壺

 蕎麦の花が「揺れる」のは常套的表現だが、それが広々とした蕎麦畑の一本一本の花の揺れから、場面は眼前のインク壺に挿された蕎麦の花に転じて来る。誤読を恐れず、私は、蕎麦の花をインク壺に挿している景を思った。昔、そんなことを試みたことがあるからであろう。花は白かった。

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