著者の坪内さんについては、改めてご紹介が要らないほど著名な方である。ただ、「船団の会」散在後、「窓の会」を結成され、その主宰をなさっておられることだけをご紹介するに留めよう。ふらんす堂、2024年3月5日発行。
自選句は次の十句。「作者のある日の自選十句」となっている。日が変れば選も変わるということであろう。よく分かる。
柿くえばパウル・クレーと友だちに
水ぬるむカバにはカバが寄り添って
ついさっきホタルブクロを出た人か
しっぽまで赤くて人参身がもたん
ねじ花が最寄りの駅という日和
あんパンと連れ立つ秋の奈良あたり
ころがってアリストテレスと冬瓜と
桜咲くくすんと蝶がうんこして
リスボンの靴屋の窓かヒヤシンス
緑陰で大工さんとか呼ばれたい
小生の感銘句は次通り。
007 オレンジの花の真下があなたかも
008 天窓がまっさきに初夏坂の家
016 秋うらら会う人ごとに鼻を見て
020 クロッカス窓辺にあって沖に船
022 ついさっきホタルブクロを出た人か(*)
033 あの日からブルーベリーの好きどうし
051 雪になる人参抱いて戻るとき
062 頓服が効きそう物に秋の影
063 シロサイの影はクロサイ十三夜
076 机辺とか帰帆とか好き雲は春
086 蟻はすぐ列なす僕は列それる
087 火星からいとこが来るよ豆ごはん
089 少年は朝から孤島空は夏
092 七月の太宰治を売り飛ばす
099 友だちがほとんどいない青蜜柑
106 リスボンの靴屋の窓かヒヤシンス(*)
111 秋空がぽんと置いたか天主閣
118 青紫蘇と律義な彼がやってきた
121 友人は十人十色松の芯
137 夕べにはすっかり晴れて栗ご飯
この句集について感想を書こうと思っていたら、あとがきに、エッセー集『老いの俳句―君とつるりんしたいなあ』を出したので、併読せよと書いてあった。それで、今日、該著を読み終わったところである。こちらは機会を見て総合俳誌に紹介文を書きたいと思っているが(つまり、それほど面白かったということ)、この句集については、取り敢えず、イチオシの一句を挙げさせてもらおう。
087 火星からいとこが来るよ豆ごはん
先に挙げたねんてんさんの著作『老いの俳句』にかなり影響されて選んだ一句である。該著でねんてんさんは、楸邨の〈天の川わたるお多福豆一列〉や、行方克己の〈空蝉に象が入つてゆくところ〉を老人作の傑作として論をはっている関係上、小生も「火星から」のようなあり得ない句を戴いた。かなり忖度した結果である。本音でいえば、行方の、これもねんてんさんが激賞している〈葱二本太いのとちょつと細いのと〉の方が好きなのだが・・・。
さてこの句、真面目に鑑賞しても正解は出ないであろう。もちろん俳句に正解は要らないのだが・・・。兎に角常識にとらわれ過ぎの作品は面白くない、と『老いの俳句』で教唆されたから、尋常、従順、古さでないハチャメチャな句が良いのだろうと、今回だけはちょっと選を冒険してみた。「いとこが来るよ豆ごはん」は絶妙。誰でも喜ぶ。そのムードを「火星から」がぶち壊した。真似は出来ないが、痛快である。兎に角、遠いところから懐かしい従弟が来るのである。その程度の解釈しかできない自分が悔しいのだが、それでも十分に結構な句だと思う。
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