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堀本裕樹句集『一粟』




 この句集を読みながら私は、堀本さんが第一句集『熊野曼荼羅』で俳人協会新人賞を取られ、颯爽と俳壇にデビューしたころを懐かしく思い出している。東大のキャンパス内にあるレストランで出版記念の会があり、出席したこともあった。

 『一(いち)粟(ぞく)』はその後十年の第二句集。2022年4月30日、駿河台出版社発行。氏には多数の著書があり、現在、俳句結社「蒼海」主宰。NHKの俳句番組でもご活躍である。


 自選句15句は次の通り。


  花冷をたまはる花の老樹より

  春コートかがやくものを追へば旅

  なき魂をさがすや螢ひた集め

  夏蝶の口くくくくと蜜に震ふ

  眠りゐる水の夢なる花藻かな

  滅びゆく種の谺あり雲の峰

  火蛾落ちて夜の濁音となりにけり

  半島の向かう半島秋のこゑ

  蒼海の一粟の上や鳥渡る

  霧越えて霧乗り出してくる霧は

  目に見えぬ傷より香る林檎かな

  霜の花倒木すこしづつ沈む

  真葛枯れ男日和と申すべし

  冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり

  とこしなへ狼白く白く駆く


 小生の共感句は次の通り。(*)印は自選句と重なった。


014 つばくらや日をすくひつつこぼしつつ

024 眠りゐる水の夢なる花藻かな(*)

038 亡き人と月光を踏む遊びかな

040 革靴に鳩目のならぶ寒さかな

043 数へ日の殻の割れざるピスタチオ

047 春コートかがやくものを追へば旅(*)

052 緑さす小鳥も小鳥差す指も

063 置き去りのひかりばかりや秋の海

069 牡蠣喰うて牡蠣殻残る憂国忌

084 投函のあとはつとする単衣かな

092 半島の向かう半島秋のこゑ(*)

104 待つ人のまた入れ代はる冬木かな

111 並びたる靴に足なき遅日かな

127   俳誌「蒼海」創刊

    蒼海の一(いち)粟(ぞく)の上や鳥渡る(*)

133 亡き人の魂呼ばふごと鷹の鈴

137 富士山へ遠会釈して旅はじめ

170 防護服同士握手や春の暮

172 子規のことおもふも虚子忌なりにけり

174 挙げられぬ式や蟄居の夕永し

179 海離れがたき日傘の白さかな

186 神鹿の逃げたる山や秋の暮

188   十月八日長女誕生

    この肉に我が血妻の血新松子


 第一句集を生地和歌山の特色を生かしたものとすれば、第二句集は湘南の明るさの中の句集と言えようか。この間、結婚・長女出生というお目出たいことがあった。

174 挙げられぬ式や蟄居の夕永し

188   十月八日長女誕生

    この肉に我が血妻の血新松子

 生憎、コロナ風邪蔓延のため挙式や披露宴はなかったのだろうが、長女出生に、つくづく自らの存在と血族・血脈の永続とを感じておられるのだろう。まずはお祝い申し上げたい。


 第一句集のころから格調高い句を詠まれる方だと思っていたが、第二句集もその通り。小生の好みもあるが、「かな」止めのしっかりした句を多く選んでしまった。

 氏はリフレインが得意。見事にリズムが整う。なんといっても俳句は韻律が肝要。

052 緑さす小鳥も小鳥差す指も

069 牡蠣喰うて牡蠣殻残る憂国忌

092 半島の向かう半島秋のこゑ(*)

188 この肉に我が血妻の血新松子

 脚韻を踏んだものには、次の句がある。

014 つばくらや日をすくひつつこぼしつつ


 もちろん俳句には、リズム以外に意味が重要。その点で感銘した句を幾つか鑑賞しよう。


024 眠りゐる水の夢なる花藻かな(*)

 この句の主格は、「水」であろう。「水」が擬人化されているとして、眠っている(つまり止まっている)水が夢を見ていて、その夢の中に「花藻」が現れた、ということだ。美しい花藻であるに違いない。私は梅花藻を思ったが、梅花藻は流れのある清水にしか育たない。「眠りゐる」を止まっている水と解釈すれば、別の種類であろう。生きている水中花のようなイメージであろうか。想像が膨らむ。


047 春コートかがやくものを追へば旅(*)

 春らしいやや薄手のコート。色は薄緑だろうか。「かがやくもの」とは何だろう。はっきり書かれていない。それを「追っている」らしいことは書かれている。そう、その行為こそ「旅」というものなのだ。「旅」というものの本質をやわらかく表現した。向日性ゆたかな句である。


092 半島の向かう半島秋のこゑ(*)

 湘南の海岸から見た三浦半島、その先の房総半島なのであろう。「秋のこゑ」は秋の静かな波の音なのだろうか。一般には「ものさびしい秋を感じさせる雨や風、木の葉、砧などの音」を言うようだが、私にはそれほど寂しさを感じさせない。むしろやや冷えた空気の爽快感がある。遠くまで見える大きな景で、小生イチオシの句。


 ありがとう御座いました。

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