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大串章句集『恒心』

更新日:2021年7月9日







 大串章(俳人協会会長・「百鳥」主宰)さんの第八句集である(角川文化振興財団、2021年7月1日発行)。

 あとがきには、大串さんが三十二歳のとき、「非凡にあこがれるより、常凡をおそれぬ恒心の確かさ、これがこの作者に対する私の印象のすべてである」と飯田龍太に評されたことから、句集名を『恒心』とした、とある。「常凡」を畏れぬ「恒心」とは、内容からして、この句集の題名にぴったりである。


 自選句は次の12句。


  枯木山描くにあまたの色使ふ

  羽子の音大和の国にひびきけり

  草笛を吹く目故郷を見つめをり

  引き揚げて来て今があり敗戦日

  風鈴に亡き人の句を吊しけり

  春疾風高炉の錆の逞しき

  麦踏みの夫婦近づきては離れ

  熱燗を酌むノンポリも左派も老い

  滝音に目を閉ぢ滝を膨らます

  花嫁と七五三の子見つめあふ

  俳諧の国や亀鳴き田螺鳴く

  敗戦忌匪賊の怒声忘れ得ず


 小生(栗林)の琴線に触れた句は次の通り。(*)印は自選と重なった。


013 故郷より新茶ちちはは無き今も

021 玫瑰や留萌本選終着駅

026 鶏鳴は人住むあかし竹の春

031 鶴唳に波郷の切字響きけり

035 鶴の声真似て地酒を酌みにけり

039 引き揚げて七十年や屠蘇祝ふ

039 羽子の音大和の国に響きけり(*)

040 勝独楽の傷の手触り今もあり

046 風船に埋まり風船売つてをり

049 蟻の声聞かむと幼しやがみこむ

050 亡き人のかけし風鈴鳴りつづく

056 海の日や戦争知らぬ子ら泳ぐ

057 草笛を吹く目故郷を見つめをり(*)

082 ふるさとの新茶に一家和みけり

086 蛍火の夢の中まで付ききたる

088 風鈴に亡き人の句を吊しけり(*)

089 渋団扇ときどき犬を煽ぎやり

096 近寄れば眼も鼻もなき案山子かな

098 交叉点マフラーの色行き交へり

099 逝くときも空に舞ふ鷹見たきかな

112 鷹化して鳩となり児に歩み寄る

114 麦踏みの夫婦近づきては離れ(*)

117 昭和の日昭和を知らぬ子ら遊ぶ

120 更衣着の身着のまま引き揚げ来て

126 河童忌や若き日の本捨てきれず

127 銀河濃し賢治修司に浸りし日

132 新酒酌む運転免許返納し

139 思はざる寒さ満州よみがへる

147 白鳥を見て来し少女ピアノ弾く

148 草の芽の一つ一つに未来あり

148 梅古木花びつしりと老い知らず

154 郭公の声聞く旅に出かけけり

160 夏座敷水平線を見て坐る

161 夏怒濤漁船小躍りして戻る

163 人間に生れ蟬の穴見つめけり

166 松虫草林火と化石並び立つ

168 秋の航草田男の旅思ひけり

169 灯火親しがり版刷りの同人誌

172 翁忌の近きを芭蕉像に告ぐ

194 新茶汲み父母なき故郷思ひけり

201 敗戦忌匪賊の怒声忘れ得ず(*)

211 満州の枯野幼き我の立つ

211 狐火に会はず傘寿を越えにけり


 これらの句を選ばせて戴いたのには、訳がある。大串さんにロング・インタビューさせて戴いたのは、平成二十七年十一月二十七日(於、朝日新聞社社屋)であった。朝日俳壇の選句の日であって、大串さんや金子兜太さんらが集まって、作業をなさっておられた。選を終わられた大串さんに別室で取材させて戴いた。その結果は他の俳人を含め、『昭和・平成を詠んで』として上梓させて戴いた(書肆アルス発行。後藤比奈夫、金子兜太、伊丹三樹彦、小原啄葉、柿本多映、星野椿、黛執、有馬朗人、大牧広、友岡子郷、池田澄子らをカバーしてあり、大串さんは一番若いお客様だった。当時、七十九歳)。

 このとき大串さんは、満州時代の資料を携えてこられ、ゆっくり時間をとって、そのころの苦難を語って下さった。日本が敗戦したと知れ渡ってすぐに匪賊に襲われたこと、妹さんがおなかを空かせてついに亡くなったこと、引き揚げの後の故郷で肺浸潤を患っていたとき俳句に出会ったこと……そんな経験から、いやがうえにも強まった平和への希求の強さ……それが、故郷の佐賀県嬉野への思いとともに、この句集の底に流れている。大野林火の抒情の系譜を色濃く引き継いでおられる。そして大串さんの作品はどれも平明である。驚くほど平明であって、しかし、深い。


 このような経緯から、小生は、どうしても先ず満州の句を選んでしまう。


039 引き揚げて七十年や屠蘇祝ふ

120 更衣着の身着のまま引き揚げ来て

139 思はざる寒さ満州よみがへる

201 敗戦忌匪賊の怒声忘れ得ず(*)

211 満州の枯野幼き我の立つ

 拙著『昭和・平成を詠んで』には、現地の日本人が大勢、大串家をふくめ、匪賊に襲われたことや、金品目当てにご自宅に現地人が押し入ってきたことなど、大串さんから聞いたことをそのまま書いたのだったが、氏が満州から引き上げるときのことを詠んだ句も聞いている。

  満州に埋め来しめんこ黄砂降る    第五句集『大地』

  羊飼釣瓶落しに鞭鳴らす       第六句集『山河』

 幼少期の満州は、大串さんにとって大きなテーマのまま残っている。


 次は故郷である。


013 故郷より新茶ちちはは無き今も

057 草笛を吹く目故郷を見つめをり(*)

082 ふるさとの新茶に一家和みけり

169 灯火親しがり版刷りの同人誌

194 新茶汲み父母なき故郷思ひけり

 誰にでもふるさとは懐かしいものだが、引き揚げてからの緑濃き佐賀の嬉野の山河、そしてそこでの中学二年間の療養は、大串さんの抒情を詠う心を育てたと思われる。小生には、この句集にはないが、169の「同人誌」に関連して、次の句が忘れられない。

  秋雲やふるさとで売る同人誌   章

小生は、先の『昭和・平成を詠んで』のなかで、次のように書いている。

「まさに青春抒情句。なんとなく、寺山修司を思い出す。氏の故郷に対する思い入れは、前述した通り、極めて強い。満州との落差というよりも、吉田村での魚釣り、目白取り、父や母、午前午後の安静時間、短歌や俳句に思いを巡らせる時間の流れ、ゆったりだったろうが、それでも少年なりにすることが沢山あって忙しかった。母郷は氏の大きなモチーフであり続ける」


 そして平和への希求である。


039 引き揚げて七十年や屠蘇祝ふ

056 海の日や戦争知らぬ子ら泳ぐ

117 昭和の日昭和を知らぬ子ら遊ぶ

039の句について少し書こう。大串さんが戦争の悲惨さを直接詠うことは多くはなかった。けれども、戦後七十年の年、大串さんは朝日新聞の平成俳壇での一年間の数多くの応募句の中から最高傑作句として、

  七十年不戦の空に赤とんぼ     河村 章

を選んでいる。しかも、ご自身のこの年の年頭の一句は、

  引揚げて七十年や屠蘇祝ふ     大串 章

であった。表面上はただ単に戦後七十年経ってまた正月を迎え屠蘇で祝ったと、それだけである。しかし、ここに至った戦後七十年の平和の有難さを人一倍有難く思っている氏の心情を慮れば、平明にして奥深い一句である。


 さらに先達への強い思いが作品になっている。


050 亡き人のかけし風鈴鳴りつづく

088 風鈴に亡き人の句を吊しけり(*)

127 銀河濃し賢治修司に浸りし日

166 松虫草林火と化石並び立つ

 大野林火は群馬県の楽泉園をたびたび訪れ、村越化石らを指導した。林火は「松虫草」が好きだった。化石さんを取材に何度となく施設を訪ねた私は、彼から直接、そう聞いていた。草津温泉の湯畑のそばに光泉寺という寺があって、そこに句碑がある。

  松虫草今生や師と吹かれゆく  村越化石

勿論、師は林火であり、一緒に吹かれているのは化石さんである。


 小生は大串さんの平明な句を読み、つくづく井上ひさしのセリフを思いだしたのでした。

それは「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」であった。


 拙著『昭和・平成を詠んで』にご興味のおありの方は、書肆アルス(03-6659-8852)へどうぞ。

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