大木さんは「海光」(林誠司代表)の編集長。日本詩歌句随筆評論協会賞を貰っておられる。その第一句集(2021年8月28日、俳句アトラス発行)である。序文は縁あって渡辺誠一郎(「小熊座」前編集長)が、大木さんの言葉に対する感覚の宜しさをこと上げて書いておられる。句集の題名は〈030 水すまし光の靴で進みけり〉からとられている。
自選句は次の10句。
初鰹海から放り出されけり
星同士くつつきさうな熱帯夜
水揚げの鰯吐かるる太さかな
秋天をぐるぐる廻すいろは坂
きのふより胸のふくよか菊人形
冬紅葉日本語でしか言へぬ色
太陽から逃げ出すやうにスキーヤー
山茶花や箒の音のたてよこに
春の波とろりと靴を襲ひ来る
まつすぐに街は展けて花水木
この句集、極めて平明である。どの句にもほとんど違和感を感じない。日常の良くある景を平明に書いていて、それが平凡に堕ちないように、ことばを工夫している。たとえば、自選句の一句目。鰹の一本釣りだろうか、海から釣り上げるのではなく、放り出される、と表現し、工夫している。つまり、譬えが幼くならないように、言葉を工夫している、といえる。
小生の気に入った句を少し鑑賞しよう。
084 そこだけを狂はせてをり芋嵐
渡辺さんも佳句にあげている〈足跡のそこだけ深き清水かな〉に通じる宜しさがある。まわりの様子は強い風を感じさせないほど穏やかなのだが、「芋嵐」の本意の通り、芋畑だけが激しく騒いでいる。平凡に堕ちないように「狂はせて」と強烈な措辞を持ってきて、平凡な景を非凡にした。
097 二人とも指輪してない冬の旅
若干私小説的だが、微妙な心理を、口語で詠んだものとして戴いた。「指輪」をするのを、単純に忘れて旅に出た訳ではない。読者にいろいろ考えさせてくれる。
102 冬紅葉日本語でしか言へぬ色(*)
小生イチオシの句。日本語(とくに大和言葉)の豊富さと、それぞれの微妙な違い……雨でも、風でも、山ほどの言葉がある。色についても、利休鼠、梅鼠、縹色、群青……列挙にいとまがない。豊かな言葉に満ちた、この我々の環境で、俳句を詠むという楽しさを、この句は思わせてくれる。
ほかにも好句がたくさんありました。下記に掲げておきます。
017 ぼうたんのどの彩りも相聞歌
023 水打つて菓子屋横丁甘くなる
024 風鈴のやうな音してアイスティ
025 初鰹海から放り出されけり(*)
035 ピッチャーの影まで汗をかいてをり
037 銭湯に自転車で往くほぼ裸
038 似たやうな背中ばかりの海の家
040 あれやこれどかし西瓜を冷やしけり
053 風鈴を外す大きな喉仏
065 風連れて国字の小鳥来たりけり
070 百日紅退院の日の紙バッグ
071 秋天をぐるぐる廻すいろは坂(*)
087 秋出水おそらく赤いランドセル
105 手袋の色のみ若く歩きをり
111 手を振つてしまふ仔羊聖夜劇
130 大甕に秋の山ごと活けてをり
131 大空に足かけて松手入かな
139 ふきのたうだけがみどりでありにけり
156 永き日や胎内でする子の欠伸
有難う御座いました。
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