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大高霧海句集『鶴の折紙』



大高霧海句集『鶴の折紙』


 大高さんは「風の道」の主宰。この句集は第七句集(令和2021年8月20日、本阿弥書店発行)である。題名は〈132 大統領の鶴の折紙淑気満つ〉に因んでいる。この句については、あとがきに詳しく書かれている。オバマさんが広島を訪問し「十万人を超す日本人の男女そして子供たち、何千人もの朝鮮人、十数名の米国人捕虜を含む死者を悼むために」と、広島訪問の使命を語られた言葉を、克明に引用しておられる。大高さんが広島の北部三次に生れ、原爆投下の光と音と、それからの阿鼻叫喚の景を覚えているからこその題名である。集中に平和を希求する句が多い。

 余談であるが、小生は大高さんの以前の句集『無言館』と『菜の花の沖』を読み、〈恋人の裸婦像未完敗戦日〉https://ht-kuri.at.webry.info/201307/article_3hyml)、や新若布焙ればにほふ日本海https://ht-kuri.at.webry.info/201509/article_2hyml)などに感銘を受け、かつての小生のブログに挙げさせて戴いたのであった。


 今回の『鶴の折紙』からは、次の作品を抽かせて戴いた。(*)印は自選句と重なったものである。


008 合掌の藁苞暮らし寒牡丹

046 鷹鳩に原爆ドーム群翔す

084 沢蛍恋の男時をはかりをり

088 稲妻や浅間の闇の切り裂かれ

107 蜆舟傾くままに鋤簾(じょれん)掻く

111 飛彈陣屋寂光放つ朴の花

119 夜なべてふ昭和貧乏物語

121 露の世や半寿賜はる父母の恩

132 大統領の鶴の折紙淑気満つ

138 かたかごの花万葉の恋を秘め

144 辛夷咲く高麗の里曲の水車小屋

147 暮れなづむ空にとけゐる桐の花

173 立礼の茶席にむすび柳かな

177 野焼勢子縄文人の貌と化す

177 海苔掻女潮騒の譜の楽の中

178 峠越え出雲訛の若布売(*)

184 菜の花野沖にさねさし相模灘

185 平成の最後の立夏日の眩し

185 みちのくの五月の海の青戻る

191 ジェームズ坂に智恵子哀歌碑木下闇

194 晩夏光軍鶏の炯眼衰へず(*)

196 銀河仰ぐ戦あるなと兜太の声

201   回想

    無花果の熟るる庭先牛繋ぐ


 中から私のお気に入りの三句を鑑賞しよう。


138 かたかごの花万葉の恋を秘め

 興味を持ったので万葉集の「かたかごの花」の歌を調べたが、大伴家持の一首しかない、と分かった。〈ものふの八十娘子らが汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花〉。これが恋の歌かどうかは自信がないのだが、「かたかご」とひらかな表記されると、如何にも幼い恋の歌に似合いそう。大高さんは、このような抒情性豊かな詩嚢をお持ちである。


184 菜の花野沖にさねさし相模灘

 読まれた場所は書かれていない。だが、私には二宮に近い吾妻山のような気がしている。菜の花の時期(一月の末から桜の咲くまえ頃まで)から、360度の絶景である。北に富士、南に相模湾。「さねさし」はご承知の通り「相模」にかかる枕言葉。この景が脳裏に焼き付いているせいか、大高さんもここに行ったに違いないと、私は、決めつけている。


191 ジェームズ坂に智恵子哀歌碑木下闇

 大井町駅の近くにジェームズ坂がある。むかし英国人医師のジェームズ病院があったらしい。ここに高村智恵子が入院し、そして亡くなった。「東京には空がない」で有名な彼女であったが、彼女のために光太郎は詩「レモン哀歌」を書いている。その詩碑があり「そんなにもあなたはレモンを待ってゐた」で始まり、「すずしく光るレモンを今日も置かう」で終わる。碑の前には、いつもレモンが置かれているようだ。


 一方、自選句は次の通り。


  朧夜や地球おぼろの中にあり

  命の色極めて燃ゆる冬紅葉

  残雪や信濃雪譜を奏であれ

  霧の中詩神に蹤きて前進す

  山焼の火焔雄叫び大蛇(おろち)吼ゆ

  峡路ゆく後退る霧分けて行く

  秋暑し負けじと詩嚢揺さぶらむ

  出世稲荷かかはりなしや秋扇

  この夏野天に通じて無限大

  炬燵より民話生まれし遠野かな

  峠越え出雲訛の若布売

  晩夏光軍鶏の炯眼衰へず


 該句集を一読した感想を率直に書けば、どの句も、作者の感動が読者にきちんと伝わるように、意を用いて、言葉を選んで、丁寧に詠んでおられる、と感じた。中には丁寧であるが故に、明解な答えへ着地させられるように感じたものもあった。もう少し読者に任せる部分があってもよかったかな……とも。しかしそれは、感動を再確認しながら、安心して読んでいける、共感できる、作品集なのだ、ということを意味しているのであろう。


 ありがとうございました。

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