好井さんの第五句集。彼女は昭和十一年生まれで、平成十九年に「現代俳句協会第八回年度作品賞」を貰っている実力俳人である。現在は同人誌「棒」の創刊同人。二〇二四年九月十五日、株式会社ウエップ発行。
自選十二句は次の通り。
忘れたる初夢なにかしら愉快
豆撒いて鬼追い出して早く寝る
山手線二周の家出春の月
花の中手もちぶたさの手が重い
蟻の列乱したくなる今日の晴
夏帽子橋の途中で飛びたがる
当然のように蟇いる酒場の灯
不眠症鉢の金魚におよびけり
鏡にはなにも映らず羽蟻の夜
麦は黄に日は後退りしていたる
草虱おろかで一所懸命で
いざよう月人は右側あるきいる
小生の共感句は次の通り。
012 青々と曼珠沙華の葉どこも冬
023 階段の上に猫いる涅槃西風
024 ゆきずりの桃咲く街に水を買う
026 山手線二周の家出春の月(*)
044 小鳥来ているポケットに着信音
048 寒波来るごろんと出たる缶コーヒー
062 指窓の昔ありけり桃の花
063 たくさんの椿が落ちて他所の家
066 口開けば顔消えている燕の子
091 フラミンゴの脚のももいろ寒波急
095 蜜柑むく言われてみればおばあさん
095 咳のたびどすんどすんと日が落ちる
099 忘れたる初夢なにかしら愉快(*)
117 蛇渡る水に緊張走りけり
128 二十日月両手そろえて猫がいる
131 どんぐりを持ちかえてから手をつなぐ
148 ベビーカーに風船くくり象の前
149 そよそよと仔猫が猫になりきって
164 八月六日今日もパン屋の前通る
169 小鳥来ている玄関に赤い靴
175 寒波急なり耳たぶに穴ふたつ
187 日脚やや伸びて畳に椅子の跡
こんなささいなことが句になるのだ、と教えてくれる。だから深刻な句はない。日常の好句がいっぱいだ。
たとえば、そう深刻でない証拠がこの句だ。小生のイチオシの句として挙げておこう。
026 山手線二周の家出春の月(*)
何かがあって腹がたって、「家出してやる」などと言って家を出たが、山手線を二回りしたら、気持ちが収まっていた。二時間くらいの一句である。微笑ましくも、ペーソスがある。
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