安井浩司と言えば、
鳥墜ちて青野に伏せり重き脳
姉とねて峠にふえるにがよもぎ
ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき
法華寺の空とぶ蛇の眇(まなこ)かな
麦秋の厠ひらけばみなおみな
などを思い出す。妙な味のある句を多産する作家だった。「だった」と書いたが、あまり俳壇に顔を出す方ではなかったので、この一月に亡くなられたことを、つい先日まで知らなかった(享年85歳)。安井の属人的な情報は、小生には乏しく、彼が歯科医であったことも、最近上梓された『安井浩司読本Ⅰ』(2022年11月30日、金魚屋プレス日本版発行)の「自筆年譜」を読むまでは知らなかった。今回、安井の強烈な支持者である酒巻英一郎、大井恒行、九堂夜想、鶴山裕司が、この句集『天獄書』と『安井浩司読本Ⅰ』、さらに『安井浩司読本Ⅱ』を纏め、同時発刊された。このことは、誠に奇特なことだと感銘している。
さて、安井の第十八句集『天獄書』からの共鳴句は次の通り。既刊句集と同様、難解句で
一杯なのだが、その中から、小生でもかろうじて分かる句を選び、かつ、心が動いた作品に絞って掲げさせて戴く。
041 児の聖衣母は虱を採りいたり
045 想うまま火の中に活け曼殊沙華
049 心臓に黒百合の花挿す日あれ
073 山寺の唖蟬のまま手のひらに
075 老猫を抱くや最後の恋ごころ
078 蟾蜍棄てても戻る膝の上
082 龍舌蘭テキーラを舐めなお生きん
083 芥子人形ほどに丸まる老婆かな
083 スルメ噛む鳥海山上星座視て
105 浜砂に耳当て鱏(カスベ)の泣き声よ
145 森の闇五郎助ほうほう夢のまま
150 仇野の風にふるえて女郎花
163 直前の下顎呼吸の男神の死
175 賓頭盧(びんずる)の脳天を撫で旅の曽良
183 風雪に立つ阿弓流為(アテルイ)に少し似て
205 馬鹿は言う転がる石に苔付かず
209 甘死待つ蓮華升麻に独座して
211 野田べりに見えるふるさと餓死風(やませかぜ)
213 雪来れば津軽山唄父(おや)のこえ
214 蛇二匹結ぶ遊びの童子たち
215 やませ風下る木乃伊の深呼吸
219 遠く春日部石筆の遺書信ぜんや
小生が分る(あるいは分かったと誤解している)作品ばかりを選んだので、これを以て『天獄書』だと思わないで戴く必要があろう。
かつ、下手な鑑賞をすることは避けた方が良いと思う。とにかく、既刊句集と同様、安井の語彙の豊富さ、独自性、テーマの特異性がふんだんに香っている句集である。そして、この句集は既刊句数と比べて、気のせいか、多少分かりやすさが増えたようにも感じた。安井は日頃「難解俳句は書いていない」という意味の発言をしていたことを思い出す。
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