山本一歩(「谺」主宰)さんの第六句集である。2022年8月20日、本阿弥書店発行。山本さんは、角川俳句賞、俳人協会新人賞、横浜俳話会大賞などを受賞しておられる。
この句集、極めて平易に書かれた句ばかりである。あとがきに「俳句は平明な言葉で、見えるように、美しく」と書かれている。ふと五所平之助や黛執さんを思い出した。一読して、辞書に世話になった語は一つもなかった。だから、楽しくすらすらと読めた。
平明は平凡とは違う。描かれた俳句の景に、山本さん独自の気づきがあって、「そうだそうだ」と納得させられるのである。
自選十二句は次の通り。
風の音さへも若駒楽しきらし
雨宿りするなら蛍袋の中
豊年の大きな声の僧侶かな
さて顔があつたかどうか外套過ぐ
剪定や鳥に好かれてゐる枝も
蚊帳の中なる妹がよく喋る
どこからが花野だつたか花野の中
父の手を祖父の手を知る火鉢かな
長閑なり沓脱石の長靴は
薔薇の香と思ふ真赤な薔薇だといふ
水鏡してことごとく紅葉なる
神棚の神の調度の煤払ふ
私の感銘句は次の通り。(*)印は自選と重なったもの。
010 校門を右へ左へ卒業す
013 蟻穴を出でしと見れば戻りけり
015 ふらここが二つにはたづみが二つ
021 人の手を渡つてゐたる仔猫かな
029 目つむれば滴りの音ひとつならず
030 海の日焼山の日焼と比べ合ふ
031 昼寝してをりたる足の見えてをり
033 夕端居誰かが呼んでくれるまで
035 蟻の列そのしんがりを見たことなし
036 まくなぎを払ふ眼鏡を外しけり
039 何人も子供出てくる草いきれ
039 浮くでもなく沈むでもなく瓜冷ゆる
043 進みたる足で抜けたる踊の輪
047 案山子かと思へば動き出してをり
061 さて顔があつたかどうか外套過ぐ(*)
070 除雪車を通せり雪に踏み入りて
084 野遊びの子ら富士を見ることなし
094 筍と分かる風呂敷包みかな
095 帰りには植田となつてをりにけり
100 起き上がる体の重し籐寝椅子
111 盆の入星を数へてあきらめて
113 待つてをり桃の流れて来るまでを
116 霧の出てをりし牛舎の中までも
119 どこからが花野だつたか花野の中(*)
131 餅搗を終へたる臼と杵に湯気
131 輪飾りやかの古釘を恃みとし
141 聞くとなく聞こえて熊を食ふ話
142 白鳥の鳴かねば静かすぎる村
156 時刻表通りバス来る初ざくら
165 筍を掘るあまりにも造作なく
169 籐椅子に眠るいつかからかは知らず
174 見てをりぬ夜店組み立てらるるまで
178 水遊び一人が泣いて終はりけり
195 大声に返す大声豊の秋
197 らふそくの炎が秋風をとらへたる
201 焚火の炎見てをりどこか上の空
たしか山本さんは町田市にお住まいだと承知していたが、意外に雪の句が多い。略歴を読むと岩手県ご出身とあった。表題の「春の山」はふるさとの早池峰山とのこと。雪の句は納得である。私も雪を思い出している。
061 さて顔があつたかどうか外套過ぐ(*)
すれ違った人は、外套を着ていて、そのうえ冬帽子かマフラーかフードで、顔を覆っているのであろう。雪しまく世界の、黒っぽい残像だけの世界である。わずか十七音で、作者の置かれている「場」のディテールまでを想像させてくれるのである。
070 除雪車を通せり雪に踏み入りて
除雪車がくると、雪道の脇に足を踏み入れて、やり過ごしたものである。当然、履いているのは長靴である。関東に引っ越してからは、ほとんど長靴は必要なくなった。だが、思い出には頻繁に出てくるのである。
思えば、この句集、ノスタルジーを満載しているように思う。
Comments