山本さんは、北京の地縁で「北京俳句会」に入り、麻生明さんとの知遇を得たようだ。それで「海鳥」に投句するようになり、川辺幸一さんらが北京吟行にこられた縁で、さらに俳句に深くかかわるようになった。公認会計士として、中央監査法人に所属し、中国で活躍された。だから、この句集は、中国各地で詠まれた極めて多くの作品から成っている。もちろん、ヨーロッパ、アメリカなどを含む世界各地での旅吟も多い。国内での佳句も多くあるが、硯に凝った句がユニーク。氏はなかなかの能筆家でもある
あくまでも一般論であるが、このような句集は、読者がその地に立った経験がない場合が多いので、共感が得られにくい悩みがある。だが、その地で作者が経験した生の日常的体験を書いた作品は、一過性の絵葉書的でなく、読者の感性に訴えるものがある。
川辺さんの急逝のあと、麻生明さんが、山本さんに句集化を勧められ、『曼荼羅の道』が成った。懇切な序文は麻生氏による。中国各地の写真と自筆の色紙(写し)が添えられている。令和五年四月二十八日発行。
小生の気に入った作品を列挙しよう。先にも述べた如く、山本氏が訪ねた、あるいは生活した各地の名所旧跡に因んだ作品も魅力があるが、その地での日常の暮し(それはご本人のでも、地元の人のでも良いのだが・・・)を描いた作品を、むしろ重点的に選んでみた。だから、前書きや、注釈のない俳句を多く選ぶ結果となった。
023 北京秋天馬の速度で南下する
030 ポインセチアイタリア街の珈琲店
037 タンポポや歩兵歩みし坂と雲
040 満鉄や恩師の話冬ざるる
072 林檎持つ林檎の頬の尼僧たち
077 東風を待つ水鳥多き古戦場
078 山荘の朝におかゆの湯気満ちて
082 さっき見し山椒魚のスープなり
085 万灯のビルがツリーのクリスマス
100 信仰の村に満ちたり桃の花
101 雲南の宿に忘れし冬帽子
105 兵馬俑の兵に持たせよ曼殊沙華
122 鷹匠の指さすところ夏天山
124 散水車天山北路の赤き土
130 孫文に似たる人ありライチ畑
150 托鉢の小僧の鉢に芋と飴
177 春の風良寛体で書いてみる
183 まあまあと男の料理初鰹
191 岬巡る車窓の風や夏燕
196 囲炉裏切る栗きんとんの老舗かな
197 本陣の深き湯殿や秋の蝉
214 空き瓶へななめに挿しぬ寒椿
218 節分の豆踏みて入る大方丈
221 筆先の力ゆるめて筆はじめ
多くの佳句の中から、次の二句を鑑賞しよう。
037 タンポポや歩兵歩みし坂と雲
大陸を転戦した日本兵の姿が思われる。だが「坂と雲」とあるから司馬遼太郎の『坂の上の雲』かなと思う。前書きに「旅順」とあり、やはりそうか、と句意が落ち着く。それだけでなく、子規や乃木希典にまで思いが広がる。
101 雲南の宿に忘れし冬帽子
偶々小生も雲南に滞在したことがある。街は高度の高いところにあるが、ビルマ(ミヤンマー)国境に近く、温暖である。たしか「春城」とも呼ばれているはず。だから「冬帽子」は忘れてしまうのだ。希少民族もいて、その顔付は日本人そっくり。個人の経験に引き寄せることが可能な句であって、私にとっては、立ちあがってくる句であった。
有難う御座いました。
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