嵯峨根さんは1998年に俳句を始めたそうだ。「火星」「らん」「豆の木」で学ばれ、これは第四句集になる。「らん」は2023年に百号記念号で終刊した。2024年10月11日、青磁社発行。
小生の戴いた句は次の通り、多数に及んだ。
008 兵を乗せ自転の地球西日落つ
024 梅擬触れなばしづくすることば
025 にほどりのみづうみのくにみゆきばれ
033 ひろびろとつかふ夜空や六の花
034 煮凝の溶けだしさうな記憶かな
047 夏みかん傷つけあつて絆とは
047 さびしさはこれか蜥蜴の瑠璃の縞
057 あさがほの白ひといろや雨きざす
058 指先のみどりに染まる今年米
060 鶏頭のごんごだうだんたるだんまり
062 くちびるに淋しきまでのぬくめ酒
064 鶴を折るはしから暮れてきたりけり
074 めんどりのひぐれのめらんこりいかな
078 その影をささへむと立つ春の塔
079 糸切歯あるてふ古き女雛かな
082 出席に棒線二本シクラメン
105 おのおのの部屋に戻りて夜の長し
116 身に鎧ふ一言もなし寒卵
120 ゴミ屋敷春宵ふかく灯しをり
129 鮎の骨抜くに文法手古摺つて
151 からすうり引けばこひしき土星の環
154 傷口が時雨呼ぶらし一葉忌
161 小津安二郎逝き白足袋のこはぜほど
164 すつぽりと手袋に入る妻といふ手
170 濡れた手を拭くものがない三鬼の忌
伝統的な俳句を多く読(詠)んできた小生にとっては、驚きの多い句集である。初めは戸惑ったが、一句一句がエスプリに富み、知的計らいもあり、刺激的であった。読み進めるうちに、その刺激が楽しくなってきた。二物配合の句では、二物の間に十分な距離があって、私の理解が及ばないものもあった。それでいて、有季定型・旧仮名遣い。それでいてシュールな句があるのである。
私が理解できた句のうち、素晴らしいと感銘した句が、右に抽いた25句である。わりに平明な句に限ったから、一見平明な句ばかりだと思われるかもしれないが、本来はもっと、この句集、奥が深く、難解性を含んでいる。
イチオシの句を鑑賞しよう。
164 すつぽりと手袋に入る妻といふ手
嵯峨根さんには〈008 兵を乗せ自転の地球西日落つ〉のような全地球規模での社会性ある句を詠みながら、〈047 夏みかん傷つけあつて絆とは〉のような人々の深層心理を深くえぐるような句があり、〈129 鮎の骨抜くに文法手古摺つて〉のようなけっこう物事に「通(つう)」じた粋な句もある。
なかでこの句〈164 すつぽりと手袋に入る妻といふ手〉は、しっとりとした、所謂常識的「妻」の手を詠んだ。「すっぽりと入る手袋」ではなく、手袋に「すっぽりと入る手」を、つまり手を主体に詠んでいる。それが「妻」という立場の人の手であるのである。感心しました。
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