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川森基次句集『隠喩さみしい』




 川森さんは同人誌「遊牧」(代表清水伶、名誉代表塩野谷仁、師系は金子兜太)の編集長で、俳句歴は、わずか三年である。だが、この句集を一見しただけで、若いころは詩や短歌などに興味を持っていたに違いないと思わせるほどの個性豊かな句集である。第一句集で、ふらんす堂、令和五年十月十二日発行。

 序文は「門」主宰の鳥居真里子氏、帯文は塩野谷仁氏。鳥居氏は著者川森との出会いから話を起こし、その自由闊達な句柄をあげ、末尾に〈君はいつか草入り水晶青あらし〉を挙げている。塩野谷氏は〈豆炒つて食べるも自由鬼の春〉を掲げ、「川森さんは意志の人」である、としている。


 自選句と思われる十二句は次の通り。


  春の雨有精卵を祈りけり

  命脈は波打ち際の桜貝

  ヤポネシア密約の梅雨前線

  溢るるや鮎とか愛とか身をよぢる

  少年蟹忘れがたく泥の河

  ふりかへる秋桜も無く鴎の死

  秋は落日正気わづかに楕円

  文楽めそめそと太夫炬燵欲し

  無花果は隠喩さみしいマルコ伝

  皮薄き男の矜持蜜柑剥く

  何を聞かれても梟の銃眼

  夢うつつ身は逆走の雪しまき


 小生の感銘句は次の通り。


017 手前生国河内平野のいかのぼり

020 蜜月は野蜜に了る菫まで

021 踏青の手に一握の石礫

024 葉桜を待つて吉野の深呼吸

026 風死すやタトゥ―の肌も躊躇はず

026 ぬばたまの黒き金魚の夜伽せん

038 秋の虹身に覚えなき狐雨

040 会津身知らず鳥の高さに実を晒す

043 審問の手に房どりの黒葡萄

045 行く秋の戻りためらふ沈下橋

045 逃散の村に一樹の木守柿

050 白葱の断ち切りがたき恨みかな

051 天狼に青の絵の具を使ひ切る

063 日和山船は登らず木の芽時

064 桃の花男は化粧念入りに

074 負け鶏の負けず嫌ひの負けつぷり

075 後ろ手で胴吹き手折る桜守

082 借金の悲しき才あり啄木忌

087 海ごらん象起ち上る春の雷

089 郷愁の背丈概ね葱坊主

093 かはたれに蝦夷春蝉のざざざ雨

094 雨音は膝折るあたり花菖蒲    

098 君はいつか草入り水晶青あらし

100 手の影をスプンで運ぶ半夏雨

101 わかれ来しはことばとからだ蛇の衣

101 北斎ブルー小舟急かせる初鰹

102 ヤポネシア密約の梅雨前線(*)

110 達者かな百年来ない金魚売

116 たけなはに金魚散らかる夜会かな

118 喉元を過ぎて淋しいかき氷

123 遠雷の遠雷のまま雨降らず

124 夕焼のいつかサバンナ海キリン

129 等時拍枕木尽きて帰る秋

133 密会は喪の明け待たず天の川

134 深層の水の宅配雨の月

136 月満ちて潦なす半月板

137 雁渡し唐(から)船(ぶね)浜に朽ちしより

139 屹立のどこか寄り添ふ曼殊沙華

140 少年茜に焼け母とゐる土手

141 無花果は隠喩さみしいマルコ伝(*)

141 ガラリヤは漁る湖に柿は実を

148 臨界を知つて銀杏の散りやまず

149 朝月夜カフカのプラハうら思ふ

151 身祝ひの髪は飾らず吾亦紅

157 冬旱よく燃えさうな牛の糞

171 帝国を名乗るホテルの初国旗

175 母音こつそり吃音の北きつね

179 すれ違ひざまの流し目日脚伸ぶ


 該句集を一読しての第一印象は、結構、難しい作品が多いという感じであった。難語があるからだけではない。不思議な措辞の配列が目に付くからである。兎に角、予定調和的な緩い句がない。花鳥諷詠の自然詠がなく、境涯句もない。季語の配合にしても、おや、と思わせるものが多い。だから読んだ一回目は、如何なものかと、正直思った。

 二回目は慎重に読んだ。小生の知らなかった言葉をインターネットで調べた。それらの、私にとっての難語は、古い歴史、行ったこともない地名、新しいコトバ、食べたことも見たこともないもの……が豊富に使われている。それらを一つずつ、納得しながら読み返すと、実に面白い一句一句であることを認識した。

 感動を戴いた句をいくつか鑑賞してみるが、そのまえに、川森俳句の特徴を、感じたままに、総論的に、書いておきたい。

 前にも書いたが、予定調和的でない。静物画的な花鳥諷詠がない。母の句はあるが、境涯的でない。若干難しい句があるが、前衛俳句の失敗作的作品とは違う。今までどこかで読んだなあ、という句がない。故事来歴、現代の新事象を自在に詠み込んでいて、知的好奇心を刺激される。適度に俳諧味もある。鳥居氏が言っているように、俳諧自由の作品集である。


 私の当てずっぽうだが、この句集から想像するに、著者は、

① 豊富な実業経験から多くの俳句の素材を大量に獲得し、抽斗に仕舞っている。

② 古い俳句の因習に無縁な日常であったのだろうか、自由な俳句が書ける。

③ 若いころからの詩歌に対する親しみと感受性を維持してきたので、発想が如何にも自

   由である。

 その証拠に、各論を少し書こう。


017 手前生国河内平野のいかのぼり

 川森さんは、略歴からは大阪の生まれと知ったが、詳しくは「河内」と分かった。威勢のよい土地柄を思うが、傑作は「いかのぼり」である。はぐらかされた感じがあって、それが楽しい(川森氏は体重が百キロくらいあるはず。それが「いかのぼり」とは!)。 河内地方が「あばれ凧」などで有名なのかどうかは知らないが、とにかく、この下五は快哉である(なお、川森氏は「あばれ凧」的な人ではないので、念のため断っておきます)。

020 蜜月は野蜜に了る菫まで

 難解句である。「野蜜」(=野生蜂蜜)が分からなかった。調べると旧約聖書に辿り着く。作者の真意はいざしらず、私の思考は二千年もの昔、キリストが歩き回った地域にワープしてゆく。結論は、なにごとも優しい「菫」に落ち着く。いいではないか。

021 踏青の手に一握の石礫

 この句から小生はフイレンツエの「ダビデ像」を思い出した。きりっとした青年の裸体。敵を打つための石を肩に(手ではなかったが……)担いでいた。

024 葉桜を待つて吉野の深呼吸

 上千本、奥千本まで、桜が緑の葉桜に代わって、忙しかった吉野の人々が、いや、吉野の山全体が、ようやくゆったりと深呼吸ができるようになった……と読んだが、誤読だろうか。

026 風死すやタトゥ―の肌も躊躇はず

 外国人はおおらかである。私が暫く滞在していた街では、風もない灼熱の下、妊婦が臨月の腹を突き出して、闊歩していた。お腹のタトゥーは太陽を向いていた。

026 ぬばたまの黒き金魚の夜伽せん

 「黒い金魚」に夜伽してやろうとは! 作者の文学的な素養の豊かさを感じさせる。しかもこの楽しさ、いや、妖しさは無類である。

043 審問の手に房どりの黒葡萄

 裁判所にある正義の女神像を思った。剣の代わりに「ふさどりの黒葡萄」を持たせた。正義の剣より、怒りの葡萄の方が、法曹界にはいいのかも。

050 白葱の断ち切りがたき恨みかな

 刻まれている白葱の恨み事にまで、作者は思いやっている。葱の身になって詠まれた句は珍しい。

063 日和山船は登らず木の芽時

 「日和山」は仙台にあり、日本一低い山らしい。三・一一に関係ない方が、俳諧味のある句として、純粋に楽しめる。

064 桃の花男は化粧念入りに

 男が化粧する句というと、攝津幸彦の〈野を帰る父のひとりは化粧して〉を思い出す(別の俳人に「白塗り」の句はありますが……)。妙に面白い。川森俳句は攝津俳句に似た味があるように思う。

087 海ごらん象起ち上がる春の雷

 これは素直に気持ちの良い句。上五に「海ごらん」はなかなか言えない。特に古い俳句に悪慣れし切った私なんかには! この「象」、ひょっとして124の「海キリン」とも通底するのだろうか?

089 郷愁の背丈概ね葱坊主

094 雨音は膝折るあたり花菖蒲     

 この二句は、同じようなモチーフである。郷愁は葱坊主の高さ。雨音は花菖蒲の高さ。いい得ている。上手い句。040 会津身知らず鳥の高さに実を晒す もあった。

093 かはたれに蝦夷春蝉のざざざ雨

 「蝦夷春蝉」に「ざざざ雨」は参った! 「ざざざ雨」が上手い。

098 君はいつか草入り水晶青あらし

 「草入り水晶」は、特別な水晶で、パワーストーンだそうだ。霊力があるとは知らなかった。恋愛成就もありだろう。

101 北斎ブルー小舟急かせる初鰹

 北斎の「富獄三十六景」の甲州石斑澤、武州玉川、神奈川沖浪裏などには、素晴らしい青絵具を使った作品がある。北斎の時代もドイツから輸入していたらしい。あの大波にゆられる小舟が「初鰹」に関係しているとは、知らなかった。051 天狼に青の絵の具を使ひ切る もありました。

116 たけなはに金魚散らかる夜会かな

 夜会の客と客の間をひらひらと泳ぐように動く淑女(コンパニオンかも)たち。「金魚」に見立てた。「ちらかる」とはよく言った。

124 夕焼のいつかサバンナ海キリン

 「海キリン」を初めて知った。港で荷を積んだり下ろしたりするガントリークレーンだ。クレーンは本来鶴の意なんだが……。でも「キリン」だから「サバンナ」が出てきた。このような句づくりはまさに攝津幸彦のようだ。

129 等時拍枕木尽きて帰る秋

 「等時拍」とは、上手い言葉を持ってきた。むかし汽車に乗ると、レールの継目継目で走行音が発生し、それが等時間隔で心地よかった。いまは一本のレールが長くなったので、静かだ(継ぎ目がない訳ではない。伸びはうまく処置できる仕組みなっているようだ)。

133 密会は喪の明け待たず天の川

 川森俳句は、このような妖しい作品までカバーしている。

136 月満ちて潦なす半月板

 よく膝に水がたまるということがある。そのことを「潦なす」などと大袈裟に、かつ、気取って書いた。これも攝津的である。

137 雁渡し唐(から)船(ぶね)浜に朽ちしより

 これは真面目。源実朝が宗の工人に命じて船を造らせたが、重すぎて進水できなかった。和賀江の浜でなく、由比ヶ浜だったようだ。こんな史実でも季語「雁渡し」で俳句になるのだ。川森氏の芸。

141 無花果は隠喩さみしいマルコ伝(*)

 「無花果」とキリストの話は福音書に出てくる。西アジア原産。「花がない」と書くが、実は実を割ると中に小さく白く粒々に見えるのが花なのだそうです。無花果はまさに何かの隠喩のようだ。

149 朝月夜カフカのプラハうら思ふ

 プラハの旧市街からカレル橋を渡ってプラハ城にむかう細い路地にカフカの住んだと言われる小さな家(長屋の一軒だったように記憶している)がある。見すぼらしものだった。

157 冬旱よく燃えさうな牛の糞

 モンゴルの遊牧民は牛の糞を乾かして燃料にしていた、と聞いたように記憶しているが定かではない。現在は、バイオ燃料として利用研究がなされてるようだ。

175 母音こつそり吃音の北きつね

 北海道の知床辺りをドライブすると、北キツネに出会うことがある。あの痩せた貌を見ていると、鳴き声は「吃音」かも知れないと思う。こんな俳句は見たことがない。


 だらだらと詰らぬ鑑賞を書いたが、最後にこの一句。

045 逃散の村に一樹の木守柿

 鬼無里村のようなところだろうか? 「一樹」は摂津なら「一揆」とやるだろう。同音の文字をひねくって面白い句を仕上げる摂津だった。川森俳句に摂津の匂いを感じるのは、私だけだろうか?


 実に楽しい句集を読ませて戴いた。多謝多謝。


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