彌榮浩樹句集『トリガー・ハニー(銃爪蜂蜜)』
- ht-kurib
- 3月21日
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彌榮さんは「銀化」(中原道夫主宰)のひと。2011年に「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」で群像新人文学賞を受賞しておられる。2025年3月3日、ふらんす堂発行。
自選句は次の15句。
小川から親子出てくる柳かな
麒麟草笑ひこらへて耳とがる
肉の火曜日いなづまの水曜日
養蜂場よりの緩(ゆる)襟巻男
全員が剣道部員かきつばた
さまざまな音の落葉を拾ひけり
黒板を黒板消しの舞ふ鯨
だしまきの隣つくだに巣立鳥
蝌蚪のひも運動競技(スポーツ)なのか愛なのか
麻婆春雨夏蝶になる途中
太陽の塔のくちびる滑莧
口角をあげて猟期の教室へ
鳥が歯にはさまつてゐる冬休み
はなれめのでんきなまづがはつゆめに
孝行のあとの恍惚金鳳花
小生の気に入りは次の通り。(*)の三句が自選句と重なった。
007 小川から親子出てくる柳かな(*)
009 囀のなかを離宮の鳩が飛ぶ
011 春筍を抱いてめがねの曇りをり
016 大学に山の鳥来て夏氷
019 天罰のやうな青空凌霄花
026 押入のなかに人形遠泳ぎ
032 すずむしのひげのながさよ雲基金
032 閻魔蟋蟀ボウタイの似合ふ顔
043 鳥籠に鳥の浮彫(レリーフ)山眠る
059 霾や水湧くやうに笑ふひと
060 野遊びの靴が三和土に跳ねてをり
066 夕雲雀ためらひつつも湧く拍手
068 蟻湧くを見てゐて父娘らしくなる
068 蛇苺まじめに雲のうごきをり
073 オルガンの音色の金魚ふえてをり
075 花柄の浮き輪の中のむすこかな
086 靴下も替へずに鴨の渡り来る
092 レノン忌のゆふばえいろの紅茶かな
093 兎抱くときの項(うなじ)のかゆさかな
093 さまざまな音の落葉を拾ひけり(*)
099 雨と雪あねといもうとほど違ふ
116 永き日のわかめうどんに終はる旅
132 金堂の遠くて鼠花火かな
137 性格悪さうな水蜜桃を剥く
157 孝行のあとの恍惚金鳳花(*)
この句集、私にとっては難解な句が多く、正直言って、一筋縄でない句集だった。通常の多くの句集の場合、私は、予定調和的な句をできるだけ取らないようにしている。だが、彌榮句集の場合は、ほとんどが予定調和的でなく、独自の詩性をもって書かれているので、私にとって難解であり、従順な読者である私の態度は、より易しく心に落ちるような、予定調和に近い句を探して、採ってしまう。結果的には、結構多くの句を戴いた。
彌榮さんには「1%の俳句」という優れた論文がある。私は地動説が正しいと知っていながら、天動説的な現実に安住している。その中にとどまっていては、つまり、予定調和にとどまっていては、膨大な駄句ができ、その中に1%の名句を生むこと、または見分けることは、難しいのかも知れない。だからと言って「太陽は西から上って東に沈む」ことを書けば、沢山の名句が生まれるとは思っていない。
300句を収めたこの句集から1%に当る3句をあげてお礼に代えよう。
007 小川から親子出てくる柳かな(*)
読んだ瞬間、何のことかと訝った。だが、すぐに思い当った。「田一枚植えて立ち去る柳かな」(芭蕉)を思い出したのである。彌榮さんはこの句とは関係なく作られたかもしれないが、読み手の私は勝手のそう思い込んでしまった。芭蕉オマージュの句でいいではないか!
093 さまざまな音の落葉を拾ひけり(*)
これも芭蕉の「さまざまな事おもひ出す桜かな」を思っても良いのだが、私にとっては、長谷川素逝の「朝濡るる落葉の徑はひとり行かな」「落葉ふかしけりけりゆきて心たのし」「いちまいの朴の落葉のありしあと」「かさといふ音の落葉の闇うごく」「足音をつつみて落葉あつく敷く」「地に敷いて朝の落葉のささやかず」「かそけさの音の落葉の枝をつたふ」「音暮れて土の落葉のおちつかず」「いちまいの朴の落葉のありしあと」など、素逝が好んで詠んだ「落葉」の句、20句ほどを思うのである。
157 孝行のあとの恍惚金鳳花(*)
孝行を成したあとの満足感。自己満足に過ぎない、と思いながらも、心和む。「金鳳花」をうまく配した。予定調和と言われるかも知れないが、良いではないか。金鳳花の花言葉のひとつに「子供らしさ」があるようだ。
記憶に残る句集でした。有難う御座いました。
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