国の内外を旅して詠まれた佳句が多い。
戸恒さんは「春月」の創刊主宰。俳人協会の理事長をも務められた。氏の第四から第六までの句集から300句に絞って入集し、自註を加えてある。2021年12月1日、雙峰書房発行。
旅吟以外に、戸恒さんらしい深い蘊蓄から生まれた作品も多く見られる。
小生が感銘を戴いた句群は次の通り。
016 白湯足して雪積む音を聴く夜かな
071 野を焼いて縄文人の貌となる
081 関八州沖まで晴れて大根干す
086 二号半(こなから)の酒もまた佳し花の宿
109 冷まじや兵の遺品に認印
131 春の空濡らして川の流れけり
143 白き手で猫が出されて春障子
幾つかを鑑賞します。
016 白湯足して雪積む音を聴く夜かな
しんしんと雪降る寒い夜、暖かい白湯を飲むと、こころやすらぐ。羨ましいひとときである。岩手の繋温泉、と自註にある。雪ふる地方なら、自宅でも良い。
081 関八州沖まで晴れて大根干す
冬の太平洋岸は快晴が続き空気が乾く。「沖まで晴れて」は爽快な把握。「関八州」も広々とした景を大づかみしていて、心地よい。兜太の〈暗黒や関東平野に火事ひとつ〉を思いだしたが、戸恒句は極めて平和な自然詠。
109 冷まじや兵の遺品に認印
六林男の〈遺品あり岩波文庫『阿部一族』〉を思いだしたが、「認印」が「兵の遺品」の中にあったというのは、極めて現実的で、頷ける。しかも戦死兵の来し方や係累にまで想いが及ぶ。
131 春の空濡らして川の流れけり
この句は長谷川櫂の〈春の水とは濡れてゐるみづのこと〉を思い出させる。物の本質を微視的に書いたもの。一方、戸恒句は、やや高みからの景をつかみ取った句。小生は、この距離感(立ち位置)をヘリコプタービユーと呼んでいて、たとえば〈一月の川一月の谷の中 龍太〉もこの距離感だと、勝手に思っている。叙景句にはもってこいの立ち位置である。
以上は、いずれも俳句の中道をゆく句柄で、この句集にこの句柄が多い。中で
143 白き手で猫が出されて春障子
だけが珍しく艶っぽい人事句である。自註にこうある。
障子を閉じた室内には猫がいると不都合な事が起きたのだろう。女性の白い手で猫が外
に出された。
氏の句域の広さを教えられた感がある。
有難う御座いました。
Comentarios