染谷さんは、「夏草」の山口青邨、その後「屋根」の齋藤夏風に学び、平成二十九年に「秀」を立ち上げ、主宰を務めておられる。その第三句集であり、本阿弥書店から二〇二三年九月一日に発行された。
自選十二句は次の通り。
ひるがへりたる寒鯉に水の嵩
ほつれきて鳰の浮巣の藁や草
街路樹を伐つて秋めく歩道かな
どこからも水流れ来る名草の芽
渡し場の旗の高さよ更衣
柴漬を仕掛けて朝の戻り舟
水替へてグラスに曇る水中花
飛石の三つ目にゐる穴惑
紅梅のその奥にある濃紅梅
汲置の火防の水も寒の内
犬稗のひときは高き麦の秋
薄氷を圧せば零るる甕の水
小生の感銘句は次の通り。
010 売れ残る囮の鮎も錆びにけり
013 さらさらと鳴る塩買うて島の冬
017 飯台の丸きがうれし夏料理
018 縁側に座して涼しき五合庵
021 蔵元の日めくり薄れ秋灯
025 冬めくや美男葛の遊び蔓
026 水仙は籬に沿へり隅田川
028 寒柝の響きをちこち北淡海
043 厚物に十日の崩れ菊花展
054 棉吹くや畝に置かれし忘れ鎌
057 一方のその手冷たし師は病みぬ
068 切幣を撒きたるあとの梅雨じめり
070 ゆるやかに廻りて戻る釣忍
083 田仕舞の烟立ちたる近江かな
094 水替へてグラスに曇る水中花(*)
100 片陰の尽きしところに運河橋
101 ひと坪に足らぬ踊の櫓かな
106 紅梅のその奥にある濃紅梅(*)
115 鵜飼果つ舷の鵜に序列かな
136 とくとくとやがてしづかに落し水
141 てのひらに載せてつめたき落椿
147 かげろふの翅を立てたるうすみどり
155 連翹のおもても裏もなく垂るる
157 子が追うて駆け出して行く羽抜鶏
162 九十の兄の息災冬はじめ
170 抱卵の鳰の浮巣の水浸し
「夏草」「屋根」で鍛えて来られたとおり、王道をゆくが如き俳句を詠まれる。
感銘したいくつかの句を味わおう。
094 水替へてグラスに曇る水中花(*)
自選句と重なった。金魚鉢でも水中花の鉢でも、水を替えてやるとガラスの外側が曇る。やがてその曇りはなくなり、気のせいか透明度が増したような気がして、水中花が生き返ったように見える。清涼感が増す。些細なことではあるが、しっかりものを見て書いて、しかも読む人に心地よい印象をあたえる句。
106 紅梅のその奥にある濃紅梅(*)
これも自選句と重なった。紅梅の赤さ具合が木によって微妙に違う。全景にややうすい紅梅が広がってあり、奥の方にはもっと濃い朱色の梅がかたまって咲いている。豪華な紅梅図を観るような気分。構図が見事。
141 てのひらに載せてつめたき落椿
「落椿」を拾って掌に載せると、意外に冷たい。この経験は小生にもあるし、多分多くの読者にもあるであろう。八重桜や牡丹桜のようなぼってりとした花の塊を何と呼ぶのか知りませんが、それらを包み込むように両の掌に入れると、意外に冷たく感じます。色調からして、一見、暖かいかと思うのですが、違いますね。この句の通りですね。
端正な句集をありがとう御座いました。
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