栗原さんは「山河」所属の実力俳人。東京都現代俳句協会賞や山河賞を受けている。口語俳句協会会長賞をも貰っている。NHKの「俳句王国」で中原道夫氏の特選をもらったり、大活躍である。
序文は山本敏倖主宰が、極めて丁寧に多くの佳句をとりあげ、解説している。その数三十六句ほどもある。私も、負けるなとばかり好きな句を挙げてみた。二十七句ほどで、主宰の数に及ばなかったが、とにかく読んでいて飽きず、面白い句集だ。令和六年十月十日、現代俳句協会発行。
自選句の提示がないので、早速小生の共感句を掲げる。
020 冒険の始めはこの木巣立鳥
023 春塵に襟立てスパイ気分かな
027 叔父に似たアンデスの人笛涼し
040 みんみんや最後は長きため息に
055 極上の嘘が聴きたい薔薇の園
056 名月や二軒向こうの咳払い
058 質屋まで片蔭とぎれ途切れかな
062 寒紅や運が良いからおばあさん
070 憲法記念日沸くけばもの言う家の風呂
076 二百十日茶色い瓶のうがい薬
092 3Dの胎児のあくび花菖蒲
098 数の子や音を味覚として日本
103 春菊を除けて生意気なる背丈
112 父の日の父がプールを膨らます
113 西瓜切る愛はいつでも目分量
115 ちちろ虫上手に弱音おりまぜて
119 七種刻む母さんはフルタイム
123 誰も知らない鳥雲に入りしあと
128 霾やだましだましの蝶番
133 柏餅長子律義に叱られる
141 誰よりも方向音痴大花野
154 たっぷりの錦糸卵をひいなの日
157 麦鶉侵略前夜とも知らず
162 撤退へ途方にくれる水鉄砲
163 水無月の黄泉平坂パイプの馨り
165 薬味そろえて冷奴畏まる
177 地政学上運の善し悪し鬼やらい
読んでいて楽しい句が多い。だから、すいすいと読んでいける。洒脱な句が並ぶ。「うがち」が多いので、川柳的でもある。イチオシを挙げてお礼に代えよう。
157 麦鶉侵略前夜とも知らず
やや深刻な句である。どちらかというと古い季語「麦鶉」がうまい。鶉は、食用としては、麦が伸びる三月四月が旨いそうだ。繁殖期でもあり、雄雌が鳴き合って、動きが盛んである。だが、捕まえられて喰われる運命にある。小生は、ロシアのウクライナ侵攻と重ねてしまった。軽くて楽しい句が多い中、これは数少なく、珍しく重い句。栗原さんの作品の幅を思わせる句である。
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