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梅津大八句集『梅ひらく』


 

 梅津さんは、山本一歩主宰の「谺」の創刊同人で、現在は同人会長。俳句は30年も前に、小林康治「林」主宰のときから始めている。文學の森、令和四年五月八日発行。

 冒頭に山本一歩主宰の祝句がある。集中の〈梅咲いて特に主張は無かりけり〉を受けたものであろう。


   梅咲いてよりの日和を思ふべし     山本一歩


 あとがきには、「目の前の富士の句が多く、故郷の八戸の景も自分の大事な句材である」とある。そう書いてあると、叙景句ばかりかと思ってしまうが、じっさいは飄逸な人事句も多い。読んでみて、実に愉快な句集であった。


 自選10句は次の通り。


  白富士の白をそのまま春立ちぬ

  水の行く方に水音梅ふふむ

  平均の高さ求めよチューリップ

  労働者諸君の工場暮れかぬる

  泡盛の舌のしびれやコザ騒動

  平穏に生きてをり弱冷房車

  晩酌に付き合へと言ふ生身魂

  水仙は伐るなよ庭が寂しいよ

  天狼と眼の合うてゐる寒さかな

  雪原に黒々どんと焼の跡


 小生の好きな句は次の通り。(*)印は自選と重なったもの。


009 白富士の白をそのまま春立ちぬ(*)

010 水の行く方に水音梅ふふむ(*)

017 ひなまつり漢字の増えし子の手紙

021 恋猫の振り返りつつ消えゆけり

023 折角の巣箱入つてくれないか

025 去るものに来るものに野火打たれけり

027 梅咲いて特に主張はなかりけり

028 春分の真昼に雪が降つてゐる

028 とりあへず声の元気な新社員

029 抽斗をまた開けてゐる新社員

030 春愁や立ちたる椅子にまた座り

032 万愚節支釣込足一本

033 らりるれろ滑舌の良き蛙かな

057 ビール飲む知恵を絞りし分を飲む

058 なるやうになるだけのこと滝落つる

060 何匹か戻る蟻あり蟻の列

060 背負ふ子も掴んでゐたる日傘かな

065 バス去りぬ麦藁帽の子を残し

072 気にかかる日傘同士の長話

073 逆しまの守宮見てより眠られず

075 ヘルメット被りしままの三尺寝

080 涼風の来るとき帽子脱ぎにけり

081 考へることをやめたる団扇かな

089 手拭のまだ首にある捨案山子

099 外に出づれば本当の月村芝居

107 種なしの葡萄の種が出て来たる

108 芋を掘る芋の家族を掘り出せる

115 カッターで端切る役目障子貼る

116 煙たさも味はひのうち芋煮会

120 近道のはずが遠くてそぞろ寒

138 紋付に脚の生えたる七五三

144 大根を抜かれ畑の暗くなる

147 自分だけ分かる正面毛糸帽

179 糸巻を使ひ切つたるいかのぼり


 静謐な叙景句のほかに、新入社員の立ち居振る舞いを活写した句、春分のあとの雪、種なし葡萄の種などの驚きの句、見過ごしそうな日常の景からの気づきの句など、実に面白い作品が並んでいる。中から気に入った句を鑑賞してみよう。


060 背負ふ子も掴んでゐたる日傘かな

 背負われた赤子が母のさす日傘の柄の部分を摑んでいる。細かいところに気が付いたと、つくづく感心した。母と子の一体感まで感じさせてくれる。


073 逆しまの守宮見てより眠られず

 壁にとまっている守宮が頭を下にして、じっとしている。守宮は「家を守ってくれる」から縁起がいいのだと教えられているが、人によってはそうとも言えない。気味が悪いという人もいよう。とくに、頭を下にしている様は、それを自分に置き換えてみると、生理的に我慢が出来なくなる。気になって眠れやしない。その心理をうまく詠んだ。


120 近道のはずが遠くてそぞろ寒

 こういうことって時々ある。何のための近道だったのか、と悔やむ。心理状況が「そぞろ寒」でよく分かる。


 解説する必要のない平明な句ばかりである。平明であるが平凡ではない。エスプリが効いている。中には、ただごとすれすれの句もあるが、ただごとでは決して終わらない。そこが面白い。誤解を怖れずに言えば、加賀千代女の〈朝顔に(や)つるべとられてもらひ水〉に通じる面白さがある。子規の写生とは違うものの、梅津さんはそこを狙って堂々と一句集を成した。言い換えれば、上手さと面白さと気安さを持った楽しい句集である。


 梅津さんの身の周りには、沢山の句材が、いつもあるようで、じつに羨ましい。

 大いに楽しませて戴きました。ありがとうございました。

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