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梶原美邦句集『旹の跡』(ときのあと)




 結社「青芝」主宰梶原美邦さんの第三句集。「旹」(とき)という見慣れぬ文字に興味を持った。「特別なトキと日常のトキを併せた時間を時と申しますが、その痕跡のことです。(中略)私の詩に登場するすべてのものたちの光陰の模様という意を込めて『旹の跡』という名にしました」とある。思いの籠った句集である。ふらんす堂、2023年9月10日発行。

 この日、結社「青芝」は創刊70周年を迎え、その記念会が、初代主宰八幡城太郎のゆかりの「青柳寺」(相模原市、町田駅の近く)にて開かれた。梶原主宰は、主宰役を土生依子氏に禅譲された。

 帯には「旹」の跡を表す典型句として〈とりどりの時間が落ちてゐる椿〉が抽かれている。


自選句15句は、次の通り。


 種袋振ると日和の音ばかり

 虫はみな自分の闇を鳴らしをり

 舞ひ上がる音丹頂となれる穹

 土の香の春意あつめてゐる帚

 思ひ出が菊の中から香りをり

 切干の風の模様となる筵

 とりどりの時間が落ちてゐる椿

 人間のほかは曇りの海開き

 体内の水澄むこゑを発したり

 一村の灯が初空のいろとなる

 初蚊打つ掌にぺちやんこのこゑの跡

 ががんぼの名刺片足置いてゆく

 トンネルの秋思吐きだす電車くる

 夕去りて鳴ける氷柱の番縄

 お握りの転がりたがるあたたかさ


 小生の感銘句を抽出しておこう。


014 種袋振ると日和の音ばかり(*)

016 青空のつたはつてくる凧の糸

022 こゑ掛けてみるときめきの白牡丹

031 水打つて後悔の炎をしづめをり

034 神の掌のひとすぢほどの雁渡し

038 どの道も雨後あたらしくなる花野

040 猫貰うて夫婦の二百十日過ぐ

052 白鳥の空に駅ある湖の村

053 大雪の家が息してゐる出口

063 児の宇宙基地となりたる蕗の薹

064 自転車の倒れつぷりの春一番

071 固まってゐての平穏白つつじ

088 金魚である理由の泡を一つ吐く

097 想ひ出が菊の中から香りをり(*)

098 東京の初雪の夜の粥甘し

103 マスクしてみんな奇麗になる電車

108 古壺のいつぽんの自負すいせん花

122 とりどりの時間が落ちてゐる椿(*)

127 山繭を振ると孤独の音がせり

129 軽く嚙む麦笛の味出して吹く

134 昼寝覚め昨日が今日になりたがる

140 何をとりに来しかと桃を撫でてみる

144 神様の絵の具箱より曼殊沙華

150 熟柿吸ふ口が幼くなつてゆく

155 葱買うて点けて来し灯へ帰りゆく

156 日向ぼつこの人間忘れものになる

156 駅へ行く咳がつぎつぎ追ひこせり

168 烈しさの後のさびしさ野火の天

169 一円玉ことたりてゐる暖かさ

171 想ひ出の足跡ほどの雪のこる

177 緑夜なる疲れをはづす腕時計

189 ふるさとが浅黄となれる棉の花

213 ころがれるひかり啄む初雀


 ほとんどの句が平明で、主張したいことが明確に表出されている。そのため共鳴句が多くなったが、中から幾つかを鑑賞しよう。


016 青空のつたはつてくる凧の糸

 凧が青空高く上がっている。風に引かれ、凧糸が伸びきっていて、糸を持つ手に青空の力がぐんぐんと伝わってくる。その感触、感激を書いた。空の凧や揚げている人物の句は多いが、糸巻を持った手の感触から青空の力を詠んだ句は珍しい。


052 白鳥の空に駅ある湖の村

 えっ、空に駅があるの? と瞬時思ったが、そういう感受は分かる。多分、巨木があって、白鳥が群がっているのであろう。見ているうちに、木の存在が消えて、白鳥の塊りが宙に浮いているように感じたのであろう。「空に駅ある」が良かった。


053 大雪の家が息してゐる出口

098 東京の初雪の夜の粥甘し

171 想ひ出の足跡ほどの雪のこる

 雪にうずもれた民家は、戸口だけが黒っぽく見えた。一軒家かもしれない。それは、あたかも逼塞している生きものの呼吸口のようだ。

 東京の初雪は、おおよそ三センチほど。雪景色を楽しむ余裕がある。温めた粥がほんのりと甘い。至福感。

 三句目もごく浅い雪。「想ひ出の足跡ほど」だから、すぐに解けてしまいそう。ノスタルジーの句。


122 とりどりの時間が落ちてゐる椿(*)

 この句集の帯にも、あとがきにもある。作者の拘りの句である。椿が落ちている。一つ一つの落ち椿に、それぞれの過去がある、と作者は受け取った。そう思うと、落ち椿は、もう椿ではなく、人間ひとりひとりの来し方あったりする。俳句は、何かを象徴する詩であるという。下五の「椿」の前で、あえて、切って読むと、はっきりそうだと分かる。


150 熟柿吸ふ口が幼くなつてゆく

 「口が幼くなってゆく」という身体感覚の表現が絶妙。贅沢なおやつもなかった時代を懐かしく思い出す。だから今が幸せなんだという現在肯定感覚にも繋がる。


155 葱買うて点けて来し灯へ帰りゆく

 ちょっと「葱」を買いに出かけた。近くなのだろう。部屋の電灯をつけっぱなしにしておいた。何気ないことを書いて、作者の日常がありありと想像される。150の句と同様、現状肯定の平寧な句と読んだ。


 句集を、有難う御座いました。

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