水上(みずかみ)さんは加藤楸邨、飯田龍太に師事、矢島渚男に兄事。「雲母」「寒雷」「炎環」を経て「梟」同人、「長野雲母」代表であられ、2002年に俳壇賞を受賞されておられる。その第三句集で2010年よりの十年間の作品を収容している。第一句集は『交響』であったが、これに福田甲子雄が「北信濃には白い響きがある」と述べて下さったことにより、造語「白韻」を句集名とした……とあとがきにある。本阿弥書店2021年6月18日発行。
小生が好ましく思った句を挙げて、短い鑑賞を加えます。
007 雪に火を焚くや活断層の上
何かの行事か作業のため、雪の上で火を焚いている。春になればここは実り多き田畑になるのであろう。その地下に、目には見えない活断層が走っているのだ。そう思と不気味さを感じる。しかし、地震国の日本、至るところに活断層はある。ずっと眠ったままでいてほしものである。この句はこの句集の初めに置かれている。それだけに句意は重たい。
008 船の荷に雛の声あり波の花
一転して可憐な句。「波の花」が冬の季語であるから、「雛」は「雛祭り」の雛ではあり得ない。「ひよこ」に違いない。すると俄然この句は立ちあがる。船荷の籠の中に「ひよこ」が沢山いて、ピヨピヨと鳴いているのでる。冬の荒れている海と船荷の「雛」のドラマが始まりそう。
028 木の実ころがる国会の絨毯に
国会議事堂には小中学生がしばしば見学に訪れる。ポケットの木の実を落としたこどもがいたのであろう。季が違うなどと無粋なことうぃ言ってはいけない。国会に絨毯は年中ありますから……。思わぬところに思わぬモノがある面白さ。
037 年新た手配写真の君らにも
犯罪者の身になりかわって、作者は、彼らの境涯に想いを馳せている。「私たちは平穏に新年を迎えられたのに……君たちにはどんな年が来るのだろうか?」。読者の私には、印象深い一句でした。ただし、手配写真の主は凶悪粗暴犯でなく、せめて思想犯であってくれれば……などと思ったりしています。
056 薔薇の中こゑあげてゐる薔薇のあり
そのままの景として受け取っても良いのだが、「薔薇」をなんらかの暗喩として受け取るのも面白い。読者それぞれに……。
このほかにも心に響く佳句がたくさんありました。以下に掲げておきます。
009 髪かきあげつつつ初蝶を告げに来る
019 元日の雲をしづかな鳥とおもふ
030 ゐのこづち宇陀郡より付けて来し
038 木のあひだ人のあひだを牡丹雪
060 瓶と瓶触れ合ふ音も聖夜なる
085 うららかや菓子の木型に花と鳥
091 蟬鳴けり血管浮かび出ぬ母へ
094 藁持つて男出てゐる盆の道
095 走る子を撮るため走る秋日和
101 雪道の灯よ人温といふことば
102 雪を見る水晶体を取り替へて
104 白梅や演歌のあとに反戦歌
111 ハロウィンや仮面の上にメガネかけ
126 曼殊沙華夜は山より田のしづか
139 よくしやべる子と流れ星待ちにけり
142 作陶の腕にもタトゥー秋深む
149 これをあれするにうなづく寒日和
166 米研げばにはかに尿意梅雨深む
168 秋日の象皺の中なる目のやさし
以上
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