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池田義弘句集『鳥雲に』





 池田さんは昭和31年から俳句に親しんでおられる。「寒雷」には昭和47年に入り、終刊まで留まっておられた。現在は「街」の創刊同人、「暖響」の同人でもある。福島県の文学賞や福島県出版文化賞を貰っている。その池田さんの第三句集である(令和3年11月1日、文學の森発行)。


 自選句は次の10句。


  たましひを連れて白鳥帰りけり

  ふくしまの背に「がんばっぺ」郭公鳴く

  冷やされて野馬追の馬目をつむる

  被曝の地蔦が真っ赤に木を縛る

  ふくしまの棄民に積もる涅槃雪

  乳鋲撫でてくぐる山門笹子鳴く

  被爆地の無縫の空を鳥帰る

  山笑ふ母の乳房は地に垂るる

  フレコンバック千の蠢く穀雨かな

  仏足石に青き榧の実楸邨忌


 一読してこの句集、97歳で逝ったご母堂の介護と東日本大震災に係わる俳句を中心に、師の楸邨、ご自身の農事、その他の身辺詠から成っている。平明で納得の作品がほとんどであり、あざとい句はない。その点、安心して読める句集である。


 筆者の共鳴句は次の通り。


015 匂ふまで鎌を研ぎをり郭公鳴く

030 尾が見えてゐて虎杖の花揺らす

039 燕の子口あけ種物屋の店仕舞ひ

052 虹消えてふつと見知らぬ街にゐる

054 介護の灯そのまま夜業の灯となれり

062 「おつとう」と叫びつ春の津波に消ゆ

070 捨てるために搾る牛乳花柘榴

072 なきがらの母に添ひ寝や明け易し

074 虹の橋くぐり都会へ疎開の子

106 観音堂丸ごと除染蟬しぐれ

109 許されて防護服着て墓参かな

121 楸邨忌玄関に蟇来てゐたる

125 ふるさとの除染の川を鮭遡る

128 鯉のぼり揚げて被曝地離れけり

134 初句集あげて南瓜を貰ひけり

144 フクシマは蝶の形に翔び立てず

165 蛙啣へし蛇と目が合ふ茂りかな

173 白鳥を呼ぶかに焼芋売りの笛

175 おつぱいのある雪だるま星月夜

183 昼寝妻猫が跨いでゆきにけり

194 煮凝りや嫁女を泣かせ五十年

205 台風禍の死者に黙禱ラグビー場


 幾つかを鑑賞しよう。


062 「おつとう」と叫びつ春の津波に消ゆ

 池田さんは浜通りにお住まいなのだろうか? 津波に攫われるところを実際に見たのか伝聞なのかは不明だが、「おっとう」が実に生々しい。私見だが、東日本大震災のような大事件の場合は、季語などは要らないとは思うのだが、「津波」を「春の」で修飾して季語化することに、かえって実直さを教えられる。このような大悲劇は「季語」を超えた事象だと思うのは私だけだろうか。〈「おっとう」と叫びつ波に消えにけり〉で十分ではないだろうか。これは池田さんへの意見具申ではなく、大地震を詠む多くの俳人への、私からの、意見表明である。


106 観音堂丸ごと除染蟬しぐれ

 どこかのお寺の観音堂であろう。屋根や壁、床まで、「丸ごと」除染されている。その現場に遭遇した人のみが詠える句であろう。「丸ごと」にリアリティを感じた。


109 許されて防護服着て墓参かな

 身内の墓域が立ち入り禁止区域に指定されているのであろう。アクセスルートも規定され、行き帰りにはスクリーニング会場で手続きをして、防護服(タイベック)を着て、おそらく線量計を身に着けての墓参であろう。地元のお役所から細かい指示が出されている。


144 フクシマは蝶の形に翔び立てず

 福島県の地図上の形は「蝶」に似ているので、なるほどと思わされた。個人的ながら、私は福島産の農産物や魚介類を忌避しない。この年齢で、食物による内部被曝は問題ではない。応援しています。酒も良いのがあるようですね。

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