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田中位和子句集『銀の柄杓』




 田中さんは、ご主人の転勤に伴い香港にくらし、そこで俳句と出会った。だからこの句集のはじめの部分には香港の情景が出てくる。一九九五年に帰国後、幾つかの結社を経て、現在「円錐」の同人。発行は、書肆麒麟で九月三十日だから、澤代表急逝のあとで、山田耕司編集長がお手伝いされたものと思う。

 該句集は新書版スタイルで、とても手軽に手に取れる。しかも一頁一句で、全一九一頁。選りによられた数少ない佳句を、ゆったりと読めるように工夫されている。


 小生の感銘句は次の通り。


007 家船の水尾を曳きたる初明かり

016 栗を売る皺深き手の煤光り

018 着ぶくれて路上にミシン踏む女

021 野兎を売る野兎の眼して

046 流灯にしばらく添ひて別れけり

047 ぐい呑みの火襷に浸む新走り

060 序の舞のやがて破の舞春の雪

074 雪女郎帯の根付けの鈴が鳴る

079 冬の虹渋民村に降り立てば

083 漕ぐでなく漕がぬでもなし半仙戯

084 王手かけ甚平の襟正したる

085 万世の中の一夜に逢ふ蛍

087 レモン一個廓名残りの町に買ふ

093 白塗りの面のままに捨て案山子

094 落ちてゆく鮎に川波静かなる

108 咥へられ蛇はからずも空を飛ぶ

109 鶯の声に膨らむ羽根枕

129 帯しごく音の涼しき楽屋かな

132 廻廊を巫女の摺り足花の雨

147 水筒の残りの水を鶏頭に

163 雀にも振る舞ふことに小豆粥

172 マフラーを外し去り行く人に巻く

173 遠き日の音を撞きたり紙風船

177 姥捨ての山へ籾焼く煙かな


 この句集の体裁については冒頭に書いたが、常日頃、澤代表が言っておられた……句集は、載せる句を厳選して、数を多くとも三〇〇句以下にすべきだ……と。出来た句を、懐かしさのあまり、なんでも詰め込んで載せるのは如何なものか、という意味である。その点、この句集『銀の柄杓』(約170句ほど)は、澤さんのアドバイスを守っている。

一頁一句組にするのは、実は勇気が要る。その一句がその頁の威厳を保てるかどうかが、毎頁、問われるからである。息抜きができない。お口直しの句が入れられない。しかし、田中さんはそれに挑戦した。快哉である。


 中から幾つかを鑑賞しよう。


016 栗を売る皺深き手の煤光り

021 野兎を売る野兎の眼して

 これらの二句は香港の景である。図らずも二句とも、喧噪の道端で物を売る人が詠まれている。中国では、露店が多く出ており、貧し気な人が農産物などをひさいでいる。一句目は日焼けした農夫の手に焦点が当たってゐる。二句目は、猟師の眼。両者とも自然を相手にたづきを立てる人である。


085 万世の中の一夜に逢ふ蛍

 たまたま今宵目にした「螢」に、一期一会の宿命めいた因縁を感じ取っている。この「一夜」はどんな一夜だったのだろうか。多感な人の思い出の一句。


173 遠き日の音を撞きたり紙風船

 子供の頃、富山の薬売りが、「紙風船」を土産にくれたものだ。そしてその薬売りのお話しによく聞き入ったものだった。この句の「音を撞きたり」がうまい。「紙風船」を撞く音は「遠き日」を撞く音なのである。ノスタルジーがここまで詩に昇華した。 


177 姥捨ての山へ籾焼く煙かな

 自然の景でありながら、人生、あるいは「命終」を詠っているような感覚をおぼえる。「姥捨て」と「煙」のもつ意味合いの効果であろう。静けさの中の淋しさ。


 有難う御座いました。

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