自句自解『名和未知男の百五十句』
- ht-kurib
- 4月29日
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「草の花」主宰の名和さんが該著を上梓された。企業を引退されてから本格的に俳句に打ち込まれ、爾来30年経った。92歳になられても矍鑠と句会を差配し、門人を育てておられる。小生にとっては、お手本になる先達である。
第一句集『くだかけ』から『榛の花』『羈旅』『草の花』及び、第五句集『妻』までの全句集から150句を選び、自解している。新書版スタイルの瀟洒な装丁で、文學の森、令和7年4月29日発行。
小生の好きな句を選び、感想や名和さんの自解を抄録した。
007 くだかけを春立つ空に放ちけり
「くだかけ」は「にわとり」の古称。立春の日に、小金井の抜井神社で、男の人がにわとりを空に向かって何度も放っていた、とのこと。芝不器男の〈永き日のにはとり柵を越えにけり〉を思い出した。放生会とも違うのだろう。何かの儀式だろうか。飛ばない鶏に飛ぶ術を教えようとしているのかと思うと、不思議な景が印象に残る。
012 春荒や悲しいまでに不味い蕎麦
鎌倉だそうだ。小生にも思い当るフシがある。あの蕎麦屋ではなかろうかと・・・。食通であられる名和さんでなくとも、こんな蕎麦屋を選んでしまった自分を情けなく思ったものだ。
013 夕桜点らぬ家の二戸三戸
場所は不明だそうだが、鎌倉や奈良の郊外でもよさそう。それぞれの家の都合を思ったりする。
022 泣きに来る人もあるべし那智の滝
そうなんだ、滝を見て泣きたくなる人もおられるんだ、と思ったが、滝だからではなく、「那智の」だからなのかも知れないと、私なりに、理由をつけたりしている。
024 夕涼み妻より先に死ぬつもり
小生もそう願っている。一般的に男はそうだろう。名和さんの場合は、そうはならなかった。第五句集『妻』でそう分かる。氏の代表句の一つ。
039 こぼるるも垂るるも水に榛の花
名和さんは榛の花が大好きだ。神代植物公園に水生植物園があり、そこの一樹をご自分の「榛の木」と決めているそうだ。私には決まった樹はないのだが、あえて決めるとすれば秋田の象潟にある蚶満寺の合歓の木だろうか。しかし、二度しか見てないし、もっと近いところと言えば、相模原市の遊歩道にあるちっぽけな白花合歓の木だろうか。
041 ある夜は神に祈りの霜くすべ
奈良の吟行で大量点をとった句だそうだ。降霜を恐れる、お茶農家の気持ちが分かる。「霜くすべ」などという季語をぴったり使えるチャンスは稀であろう。
044 古希の妻古希の雛を祀りけり
奥様は八十七歳で急逝された。誕生の年にご両親が揃えて下さった雛飾りなのでしょう。毎年のことであったのだ。
048 翡翠を待つ静けさの水の枝
「水の枝」がなかなか言えないのでは、と感心した。名和さんも、翡翠が現れそうな場所で待っていたそうです。小生も、たまたまチャンスに恵まれ、近所の川で小枝に三羽が並んで止まっているところを撮ったことがあります。うれしいものです。
058 稲刈りで留守にしますと庵主さま
のどかですね。会津のお寺でのことで、素晴らしい仏像を観ることが出来たそうです。
宮沢賢治の「下ノ畑ニ居リマス」を思い出した。
097 寒椿海とはかくも光るもの
湘南の海。「海とはかくも光るもの」は出来ていたのだが、季語に迷っていたようで、後日の句会で「寒椿」の兼題が出た瞬間、それがピタリと嵌った、とのこと。とにかく「かくも光るもの」という素直で直截なフレーズを温存していた手柄、そして兼題の手柄でもある、と感心している。
112 水あれば水のひかりの柿若葉
柿若葉は光沢が美しい。ある水辺で水の光を受けて柿若葉が輝いているのを見つけて、一瞬でこの句が誕生した。いい句が生まれるのは一瞬ですね。これも素直で直截な叙景句。
122 昼酒はジャックダニエル小鳥来る
昼酒にバーボンとは珍しい。お酒好きの名和さんです。でも、深酒はなさらず、いつも百薬の長の範囲。
131 これももてなし京洛の雪時雨
時雨は京都ですね。東山の近くの寺だったようで、時雨が来たと思ったら、雪になったそうです。私も三千院で、〈雪はしぐれに大和坐りの脇佛〉を得ました。
136 残雪や京は花背のふるまひ茶
名和さんは花背を三、四回訪ねているそうです。京都のかなり北、「花背」という名前のひびきが良いですね。「美山壮」という宿があり、「摘草料理」など土地の物を食べさせてくれるのですが、小生も筍の季節に一度だけ行きました。一見(いちげん)の客には敷居の高い割烹ですね。
140 さわらびの光の風となりにけり
名和さんには、「光」を巧みに、しかも、直截に詠った句がありますね。これもその一つ。高尾の「多摩森林科学園」とのこと。斜面全体に「わらび」があるのを見て詠まれた。「さわらび」という言葉がお好きなようで、これ以外にもいくつか句を残しているようです。「さわらび」というひびきもいいですね。
152 妻あらばと呟きゐたる更衣
正直な感慨。〈024 夕涼み妻より先に死ぬつもり〉がありました。
156 妻逝きぬ二十日の月の朝かげに
令和三年九月二十七日の早朝のこと。「胸部大動脈解離」による即死とのこと。驚かれたことと思います。暫くしてから悲しみがじわじわと湧いてくるのでしょう。
157 裏庭に妻ゐる筈と露を踏む
「妻を亡くした直後はどこかにまだいるような気がよくしました」とあります。きっといまでも、ふとそう思われる時間がおありでしょう。
164 臺灣から正字で届く年賀状
お付き合いの広い名和さんらしい一句。正字の「臺灣」がいいですね。台湾ではみな正字を使うようです。略字の多い本土と違って、奥床しさを感じます。たしか歯医者は「牙醫」と、看板に書かれていたと記憶しています。
有難う御座いました。
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