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若井新一句集『風雪』

更新日:2021年8月13日





 若井さんの第五句集『風雪』(2021年5月25日、角川文化振興財団発行)を読む機会を得た。氏は「狩」(鷹羽狩行主宰)に参加、終刊後「香雨」(片山由美子主宰)に同人参加。角川俳句賞、宗左近俳句大賞、俳人協会賞などを受けておられる重鎮である。


 自選と思われる12句は次の通り。


  もの言はぬ時の長しや田草取

  雪嶺やいよよ高きに志城柏

  みくまりの板の上げ下げ水盗む

  素洗ひの野良着広ぐる終戦日

  蓮根の九個の穴や遠忌くる

  みすずかる信濃の和紙や鏡餅

  雪ねぶり八海山のはるけくも

  螺髪にてうち並びたる土筆かな

  翁忌や佐州よりくる波頭

  角突きの牛の涙は血のまじる

  吹雪く夜や片方倒れゐる火箸

  突き刺さる雪に黒ずむ信濃川


 読んで行くと、会社勤めの傍ら農作業にいそしみ、その日常を主題に俳句を詠んでこられたことがよく分かる。平明な風土詠が多い。小生の感銘句は次の通り。


012 こたびこそ別れの雪と思ひけれ

 この句集には、魚沼という米どころに相応しい産土の句が沢山ある。そこは同時に豪雪地帯でもある。これが今年最後の雪だろう……と思ったのに、また雪が降った。春が待ち遠しい。一方で、冬の最中のどか雪の状況は〈029 単線の列車を隠す雪の壁〉や〈107 風雪の隧道の口消えにけり〉などから覗える。


024  悼 本宮哲郎氏

    寒月へ本宮哲郎発ちにけり

 本宮哲郎は、若井さんと同じく、農業の傍ら俳句を詠み、俳人協会賞を貰っている。作品に〈どの家も雪の満月忘れゐし〉〈花冷えの田より抜きたる足二本〉など、句柄は若井さんとよく似ている。2013年12月に亡くなられた。お二人は共通点を多く持っているように思える。共通点は多いのだが、こと雪の深さは山間部の若井さんの魚沼の方がとてつもなく深く、したがって豪雪の句がはるかに多いようだ。


042 老鶯の声入れ替はる船着き場

 農業に携わる方々は自然の移り変わりに特に敏感である。夏鶯が別の鳥声に替ったのに気が付いた。「船着き場」とあるから、旅詠かも知れないが、地元で詠まれたのだろうと思い、福田甲子男の〈稲刈つて鳥入れかはる甲斐の空〉を思いだして、小生は楽しませて戴いた。


060 手のひらに着くまで舞へり別れ雪

 もうすぐ春になると思うと、雪さえ愛しく思えるのであろうか……。012と同じく、抒情的風土詠。


068 抜き脚を泥の離さず田草取

094 用水に洗ふ眼鏡や田草取

144 弓手にて腰叩きつつ田草取

 田の草取りは辛い作業だと聞いている。それ故に「田草取」の句が沢山生まれたのであろう。自選句にも〈もの言はぬ時の長しや田草取〉がある。


195 地酒にて角を拭きけり牛相撲

「牛相撲」は宇和島だけではない。新潟の山古志村でも盛んである。調べたら「家から持ってきた日本酒を開封し、まず牛の尾から頭の方に向けて背中にかけ、残った酒を〈綱かけ〉、〈牛曳き〉、〈綱ひき〉の順に牛持ちの手ずから回し飲みさせてゆく」とあった。出場前のルーティンなのであろう。春の季語「牛相撲」が上五中七により、現実味を帯びて来る。


 ほかにも感銘句がたくさんあった。掲げさせて戴きます。


008 機織りの神住む嶺や雪晒

010 去る人の脚の浮きゐる雪解靄

018 背の汗野良着の紺を濃くしたり

022 手拍子を額より高く秋収

026 大寒や指に吸ひつく鉄梯子

034 雪解けや堰越す水のかまびすし

041 霊峰のすわる代田の水鏡

045 万緑や水一枚の毛越寺

049 新米の袋に乗りて長子たり

065 雨脚の細きを統ぶる糸桜

067 万緑になほ加はれず地震の跡

093 外来の草伸びやすき半夏かな

115 泥のほか見ざるひと日や代を掻く

124 かんばせは隠すものなり風の盆

133 峡の星凍るまじとて瞬ける

154 穴熊の王将となる掘炬燵

155 山襞の深き折り目や寒の入り

162 冴返る切り口蒼き板硝子

170 青稲のさゆらぎもなき真昼かな

177 切株の万を真下に渡り鳥

184 魚沼や降り続きたる三が日

185 かまくらの前にて降ろす肩車

211 針ほどの音も立てざる夜半の雪


 有難う御座いました。

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