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荒井千佐代句集『黒鍵』



 荒井さんは平成三年に「沖」に入会し、平成十二年には朝日俳句新人賞を受け、二十一年には「沖」賞、さらに翌年は長崎県文学賞を受賞されておられる。経歴からは「沖」(能村研三主宰)一筋の方のようである。俳人協会の幹事でもある。その第四句集で、令和五年六月一日、朔出版発行。


自選12句は次の通り。


  雛流す雛の髪をととのへて

  爆死者の墓の幾万鶴引けり

  螢を握りすぎたり死なせけり

  主に罪を負はせて真夜の髪洗ふ

  炎天を来て夭折の葬を弾く

  臥す人に萩刈る音も障るなり

  レコードに針を置く音冬銀河

  鳩舎へと遅れて一羽クリスマス

  除夜の潮さかのぼりをる被爆川

  磔の主の腰布や春の雪

  白鍵に黒鍵の影凍返る

  永遠でなきゆゑ励むヒヤシンス


 小生の好みの句は次の通り。(*)印は自選句と重なった。


008 引く鶴を野辺の送りのやうに見る

010 オルゴールの中は天鵞絨さくらがひ

013 金魚買ふ仰向きの死を想ひつつ

022 ロザリオを入れし骨壺山眠る

034 手をつながむと手袋を脱ぎにけり

039 雛流す雛の髪をととのへて

040 沈みつつ帯ほどけゆく雛かな

045 梨を剥く水の地球を想ひつつ

053 天門を開けてもらへず揚雲雀

054 盛り塩のそばの沈丁よく匂ふ

059 未だ死者を諦めきれぬ踊かな

076 炎天を来て夭折の葬を弾く(*)

080 てこずりし一頭撫でて牧閉ざす

096 蘭の香や次第にひらく死者の口

110 主に罪を負はせて真夜の髪洗ふ(*)

124 河鹿笛思うてをれば聞こえけり

125 涼しかりけりフォルティッシモで弾き了へて

126 安堵する人の死もあり風の萩

128 秋涼や眉描くときは息止めて

129 松手入れ舟より庭師加はりぬ

132 川舟に飯炊く煙クリスマス

133 冬あたたか斜面都市の灯船の灯も

141 黒猫が尾を立て過ぐるパリー祭

154 どの坂も海より生まれ花朱欒

164 乳房のみあたたかかりし雪女


 例えば〈076 炎天を来て夭折の葬を弾く(*)〉や〈110 主に罪を負はせて真夜の髪洗ふ(*)〉の作品から、荒井さんはキリスト教信者で、教会のオルガン奏者であられることがよく分かる。

 該句集に〈040 沈みつつ帯ほどけゆく雛かな〉や〈054 盛り塩のそばの沈丁よく匂ふ〉などの嘱目的写生句があるが、想念をこめた作品も多い。


013 金魚買ふ仰向きの死を想ひつつ

045 梨を剥く水の地球を想ひつつ

124 河鹿笛思うてをれば聞こえけり

 これらの句には「思い」が籠っている。「思い」とは書いていないが、

164 乳房のみあたたかかりし雪女

も想念の句であろう。この句はユニークである。雪女の外面を書いた句は沢山あるが、「乳房だけが温かい」と書いた作品を、面白く読ませて戴いた。


 小生の好みもあるが、一回性の景をさりげなく書いた

129 松手入れ舟より庭師加はりぬ

のような句も捨てがたいと思っている。

 佳句いっぱいの句集を有難う御座いました。


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