ふらんす堂の「現代俳句文庫88」、2023年4月21日、発行。氏は「俳壇賞」の受賞者で、「出航」(森岡正作主宰)の同人。解説は杉山久子氏と仲寒蝉氏。帯には〈白猫のまばたきのごと梅ひらく〉が抜かれている。収録句集は、『猫』『砂糖壺』『冬夕焼』『乗船券』『音符』そして第六句集『シーグラス』である。
小生が気に入った句を拾っていこう。
『猫』1996年
005 改札抜け君が小さくなる朧
005 蟬食ひし猫の静かにまなこ閉づ
007 朧夜の反古の山より墨匂ふ
007 明日逢ふ噴水のまへ通りけり
008 席詰めてポインセチアに頬触るる
009 コピーまだ終はらず虹の薄れゆく
009 席ひとつ隔て蜜柑を投げ渡す
『砂糖壺』2004年
013 落花浴ぶ明日ふらんすへ行く人と
016 戻り来し猫の足拭く十三夜
016 雛の間につながつてゐる糸電話
017 割り算の余りとなりしさくらんぼ
017 捕虫網にきれいな小石入れて来し
018 夕立あと猫呼んでゐる母のこゑ
018 しやぼん玉割れし破片のなかりけり
018 端居して付録のごとくゐたりけり
020 数へ日や吹いて乾かす塗り薬
024 初雪を今てのひらに載せた筈
『冬夕焼』2008年
025 花吹雪浴びながら行く神経科
027 聖樹よりこぼれ落ちたる脱脂綿
028 朧夜のぽこんと鳴りし流し台
031 豆飯や父がぽつりと母のこと
『乗船券』2012年
037 花束のセロハンの音雪催
042 太巻の端のよれよれ子どもの日
042 木の匙に少し手強き氷菓かな
043 それはもう大きな栗のモンブラン
044 指人形解き手袋に戻りけり
『音符』
046 うぐひすや半紙の帯の濃紫
047 凭れたる壁がぺこんと海の家
047 色白の子が日焼子に言ひ返す
050 春昼や時計の中へ戻る鳩
053 人日やバックしますと言ふ車
056 お釣りでしゆと言はれ落葉を渡さるる
060 順番を待つ子のあくび運動会
060 半分に割り焼藷の湯気ふたつ
062 可愛いと言はれ可愛くなる子猫
063 独り占めか一人ぽつちか大花野
『シーグラス』2021年
065 抱き上げて子猫こんなに軽いとは
065 聖火のごとソフトクリーム掲げ来る
066 ゆく夏の光り閉ぢ込めシーグラス
067 先をゆく猫振り返る月の道
068 ストーブにかざす十指を開ききる
068 上座へと運ぶ座椅子や福寿草
070 入口の砂地凹んで海の家
073 馬小屋の藁は本物聖夜劇
076 黄落やパン屋に焼きたて時刻表
077 おはじきに微かな編み目春隣
080 おくるみの中の赤子のやうに桃
082 リヤカーに載せて盆梅みな傾ぐ
084 行く秋の古書店街の匂ひかな
平明な句ばかりなので解説は要らないであろう。日常の気づきが面白い俳句に昇華されている。句集全体が、第一句集から第六まで、上等で均質な出来栄えである。実にうまいなあと思いながら、金子さんはこれからも一生このような句柄の作品を読み続けるのだろうかとふと思った。それも良いし、句柄に深刻さや屈折や軋みを加えるのも良いであろう。でも、多分そうはならないであろう。氏の感覚が捉える対象に、いつもやさしさとユーモアがあるからである。
とにかく楽しみな作家であり、全句集を楽しく読ませて戴いた。
有難う御座いました。
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