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鈴木光影句集『青水草』

更新日:5月26日



 鈴木さんの句集『青水草』は、コールサック社が2022年5月30日付けで発行した氏の第一句集である。「沖」(能村研三主宰)と「花林花」に所属し、2017年には、登四郎と六林男に関る評論で、俳人協会新鋭評論賞を貰っている気鋭の俳人である。

 句集名は〈少年の涙痕に生ふ青水草〉からなる。この句からは、青春抒情句集のように思われるかも知れないが、深い情念や社会批判や身体感覚などが詠んだ句の方が多い。平明な句が殆どではあるが、思いが深いせいか、結果として、私にはやや難解に映った句もあった。


 齋藤愼爾選の15句は次の通り。


  初明り東京は脈打つてゐる

  春を待つ点滴は時刻む水

  夜桜に呼ばれてゆけば白く燃ゆ

  休憩のコンビニ店員春の闇

  鳴らすたび三線夏の海を呼ぶ

  病葉のほんの一瞬先に逝く

  地下鉄ににんげん臭ふ敗戦忌

  印刷工木犀の香に洗はるる  

  人類の歴史短し十三夜

  銀杏落葉きれいな過去になることも

  よく見えて遥かなりけり冬灯

  常人に棲むなまはげの如きもの

  仏の座ごく簡単な問ひ一つ

  「生まれては苦界」と言へば青葉雨

  はじまりの穢れあり白曼殊沙華


 小生が戴いた句は次の通り。(*)印は齋藤選と重なったもの。


018 同期また一人磨り減りビールの泡

020 蟬時雨活字のごとく我に降る

028 印刷工木犀の香に洗はるる(*)

030 地下鉄ににんげん臭ふ敗戦忌(*)

040 人肌を加へ炬燵のあたたかさ

044 終はりあることの嬉しき十二月

050 なまはげの働き者の手でありし

083 花冷やむかし魚でありしこと

083 少年の涙痕に生ふ青水草

088 荒神輿沈むときこそ力込め  力溜め

130 流星に置いてゆかるる体かな

139 イヤホンの外側の音冬深し

139 根元よりスカイスリーの枯れてゐし

158 一本と呼ぶをためらふ鶏頭花

166 冬銀河みな沈黙の言葉持ち

167 絶頂をとどめてゐたり大枯木


 幾つかを鑑賞しよう。


018 同期また一人磨り減りビールの泡

 誤読かもしれないが、小生はこの句から渡辺白泉の

  夏の海水兵ひとり紛失す    白泉

を思い出してしまった。白泉は、京大俳句事件のあと海軍に徴兵され、函館の基地に配属された。船上で一緒にいた水兵が、ふと気が付いたら、行方不明になっていたことがあった。海に落ちたのであろう。その状況に「紛失す」という非人間的な表現を当てた。掲句も「一人磨り減り」として、同期社員のことを、あたかもブラック企業に使い捨てにされたかのごとく表現した。その同期社員の状況を表わす言葉に季語の「ビールの泡」をあてて、ふぬけ状態を表わした。社員は確かに歯車の一つであるにすぎない場合が多い。その意味で、この句は現代の社会性俳句ともいえようか。


028 印刷工木犀の香に洗はるる(*)

 この「印刷工」の労働環境は劣悪なのかも知れない。汗とインクの臭いを感じる。休憩時間に外に出ると、「金木犀」が薫っていて、身体が洗われるように感じた。「金木犀」の香は芳しいのだが、何度も嗅ぐとそう高級な香りとは思えなくなる。しかしそれは、恵まれた環境で働く者の感覚であって、この「印刷工」にとっては、身が洗われるような救いを感じたのだ。これも現代の社会性俳句と見做していいであろう。


030 地下鉄ににんげん臭ふ敗戦忌(*)

 八月の暑い日。混雑している地下鉄の車内。空いているときは冷房が快適なのだが、ラッシュ時では人間臭がするほど。敗戦からの復興が今の繁栄を齎らしたのは結構なことなのだが、はたして人々は幸せなのだろうか、という疑問を提起している。期せずして、018,028同様、社会性のあるトーンの句を選んでしまった。


050 なまはげの働き者の手でありし

 「なまはげ」の句が四句並んでいるうちの一句、この句の前には、

  常人に棲むなまはげの如きもの

がある。「常の人間」の思考や行動には、「なまはげ」のそれと通底したものがある、と「なまはげ」のイメージから、やや抽象的、普遍的な見方を引き出している。それは正しいであろう。一方でこの句は、「なまはげ」に扮した「男の手」(多分、節くれていてゴツイ)を見て、この男は「働き者」だと感受し、男の日常にまで思いを馳せている。そこにこの句のリアリテイがある。特に「手」に焦点を当てたのが手柄。小生は、この句を「なまはげ」四句のベストに置きたい。


083 少年の涙痕に生ふ青水草

 小生は装画者(藤原佳恵さん)が、この句に啓発されて、この句集の表紙をデザインされたことに敬意を表したいと思っている。句集を上木する際、入集されている任意の句から発想して表紙を描いて下さい、とお願いするのだが、なかなか注文者の意に叶う装画が提案されないのが常であろう。この装画は、掲載句とのイメージがぴったりで、著者鈴木さんに成り代わって、小生も喜んでいる。

 ところでこの句、青春抒情性があって、好きな句であった。


088 荒神輿沈むときこそ力込め

 上手い句。「沈むとき」にこそ力の移動があるに違いない。「込め」は「溜め」でもいいかな、と思ったりした。賑やかな祭りの男衆(いや最近は女性の担ぎ手も多いらしい)が目に見える。勢いも見える。


158 一本と呼ぶをためらふ鶏頭花

「鶏頭」の外観からくる見立ての句なのか、それとも、子規の〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉へのオマージュなのか? 小生は後者であっても良いのでは、と思っている。


167 絶頂をとどめてゐたり大枯木

 「枯木」の「大木」がある。かつて夏には葉が茂り、威風堂々としていて、永年、人々に緑陰を提供していたに違いない。世の中の激変に耐えてきた感もある。そう思うと、枯木とはいえ、天を衝く高さ、その枝の張り具合、黒々とした幹の貫禄は、絶頂期の姿そのものではないか。小生イチオシの句。


 誤読をご寛恕戴きたい。

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