著者は現在八十歳。口語俳句をすすめる「主流」(田中陽代表)のメンバーで、その第三句集。いままで十回ほど口語俳句協会の賞を貰っているベテラン。農業に従事されてきたが、年齢と時代の成り行きから離農を決意された。令和六年五月、主流社発行。
小生の感動した句を挙げておこう。
012 拝んでから再び手袋の中で祈る
012 どこでどう縮んだかその背に夕日
015 南瓜半分に切る終戦直後と同じ
016 薬缶に写った顔百歳までどうだろう
016 何本有ってもいい夢を折る指
021 稲刈る日臍の高さで決めている
022 人参がニンジンですと言える太さ
029 曲がってしまった指切りの指又会おう
030 蚊を叩きそこね生き方変える
030 宅急便通過リンゴの丸い音がした
036 薄型テレビにしてからどうも円高
037 百舌きてメジロ来て大根甘くなる
039 浪の音がこんなにも松曲げて生きる
041 生きる約束のどくだみ一年分干す
042 胃にも聞こえるように薬剤師
044 肝のすわった筍だ 茹でてみる
049 ごろり冬瓜みんなに褒められている
049 抱いてみなきゃわからん春キャベツ
058 採れすぎたキューリと相撲見入る
059 豆御飯のマメ無言でむく丸はいい
062 土寄せ子供に蒲団掛けるよう
063 言いすぎてごめん不揃いの玉葱
064 雲と話す時間多くなったな
067 郵便受けバイクの音聞き分けている
068 評判の眼科医は二重ドア
085 クマゼミが鳴き止まない訳がある
091 コスモスの真似して揺れると少女になる
097 秒針のない時計は無いと同じだ
098 秋茄子のツヤはプライドです
101 急な階段願い事が重すぎる
107 落ちて転がりその瞬間からドングリ
108 なんでもない日の赤飯は格別だ
111 とっさに転げるダンゴムシの勝ち
112 老人になる為の足腰鍛える
113 右も左も今は聞く耳です
113 順調に田植え尾が有ったら振りたい
119 もう一つ目を入れてダルマに睨まれる
132 この春離農うすうす気付いている地下足袋
133 笑い声だけすりぬける網戸
138 新幹線に乗ってもよさそうなマフラー
139 線路またいできた花咲爺さん
144 アサリが笑いだすまで浸しておく
147 クーラー効きすぎ人間が駄目になる
159 一面枯野 徘徊もわるくない
157 ペットボトルの栓が開かない試されている
158 正方形さて何を折る老人会
160 田をやめれば春も秋もただの人
164 石を蹴るそんな意欲全くない
171 静脈を右往左往している内緒のワイン
句集とあるが、それ以上である。
説明の要らない平易な句ばかり。だから下手な鑑賞は要らない。エスプリがあり、断定があり、パンチがある。ほとんどが有季定型を破っている。穿ちもあるので川柳っぽい。だから、俳句だとは言わない人もいよう。それで構わない、私は思う。俳句だと頑張らなくて良い。立派な一行詩だ。とにかく面白い。読んでいて、小生が今まで苦吟してきた「俳句というもの」はなんだったのだろうかと思わされた。口語の特長が生かされている。切れや「や」「かな」「けり」は一切関係がない。リフレインなど俳句のレトリックも使わない。恐れ入った。
どうぞお元気でお過ごしください、鈴木さん。
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