鈴木美江子句集『山あげの街』
鈴木さんは「藍生」と「こだち」で育った人。神奈川県藤沢市に生まれ、栃木県那須烏山市に嫁がれた。この町には四六〇年以上続いている祭がある。「山あげ祭」といい、真夏炎天の七月末の三日間、豪華な移動舞台を設えて、舞や音曲(常磐津)や芝居が披露される。すでに重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産に登録されている。
この祭りの「山あげ」を鈴木さんは「季語」にしたいと運動を始め、「那須烏山市山あげ俳句大会実行委員会委員長」を務めておらる。季語化のため、まさに粉骨砕身である。その意気込みが凄い。多くの著名俳人から協力を貰っているし、俳人たちも熱が入っている。
句集は四部からなり、その第一部は「山あげの街」で「山あげ」の連作である。序文は髙田正子。栞は谷口智行、櫂未知子、長瀬十悟のお三方、帯は長谷川櫂という豪華メンバーである。コールサック社、2024年7月26日発行。
髙田正子の選十句は次の通り。四句が山あげ祭の句である。
梅干に朝茶山あげ近づきぬ
ほととぎす今朝の出御を高らかに
木頭の涼しき柝音山揚がる
山あげの街水清し山清し
花冷やいくさを語る喉仏
草いきれ買出しのことははのこと
命日の万灯となる花ざくろ
たちまちにおとぎの国やりんご狩
打払ふことなにもなし鬼やらひ
もうすこし生きて遊ばん葱坊主
小生は二十三句戴いたが、十一句が「山あげ」であった。(*)は髙田選と重なったもの。
013 山あげの街ひつそりと乳母車
015 ほととぎす今朝の出御(しゅつぎょ)を高らかに(*)
出御…八雲神社から大神様をお神輿に移し移動すること
022 絽を召され元木頭の男前
木頭…若衆に指示を出す役割
024 山あげや神主さまは小児科医
025 山あげに赤き緒の下駄履かせけり
030 山あげの笛遠くして間引絵馬
031 嫁ぎ来て山あげの町昼うどん
035 山あげの夜店の紙の大ジョッキ
036 山あげや人の坩堝(るつぼ)に居てひとり
048 山あげの果て街中風白し
051 祭果て手紙書くねと別れけり
060 薯の種歩幅で計り植ゑゆけり
064 草いきれ買出しのことははのこと(*)
069 蛇銜(くは)へ猫戻り来る昼下り
071 さやゑんどう今日は外出予定なし
075 ひぐらしや白いごはんとみそ汁と
094 初桜結婚しますと子の便り
105 投句二千小さき町の初紅葉
107 おやつとはやさしきことば木の実降る
119 からうじて七種(ななくさ)揃へたる菜粥
139 虫すだく夜間飛行の遠ざかり
141 おすそ分けですと朝露分けて来る
151 早早と風呂焚いてゐる日の短
「山あげ」を季語にしようという意気込みは、多くの俳人や地元の人たちの賛同を受け、具体的な動きとなっている。「山あげ」を詠んだ質の高い俳句作品が世に知られ、「俳枕」として認知され、自然とそれがまた俳句に詠まれる……という好循環を繰り返す。それはもうすぐではなかろうか。
ご興味のおありの方はインターネットで「山あげ祭り」を検索されると宜しいかと……。
丁度本日(令和6年7月26日)、NHKテレビのニュースにて、那須烏山市の「山あげ」が放映されていた。
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