坂西さんは、「ホトトギス」の主要メンバ―のお一人で、日本伝統俳句協会の理事であられる。著作も多く、共著に『俳コレ』『天の川銀河発電所』などがある。七歳の頃から祖母の元で俳句を作り、「ホトトギス」に投句していた。爾来、四十年の作品を纏めたのがこの句集『金魚』。数えてはいないが八百句内外はあるだろう。一頁に三句の二百九十頁に及ぶ力作の第一句集である。跋は稲畑廣太郎さん、挿絵はご母堂の明子さん。ふらんす堂、二〇二四年三月三一日発行。
帯にある十句は次の通り。
人の上に花あり花の上に人
俎も菜箸もまた独活の香に
金魚揺れべつの金魚の現れし
香水を濃く幻に飽きやすく
松分けて来たる光は秋の海
秋祭ある沿線やすこし飲む
焼藷の大きな皮をはづしけり
寒卵片手に割つて街小さし
初鴉道うつとりと眺めをり
東京に友人多し絵双六
小生の気に入った句は次の通り多きに及んだ。
007 子の一人くらゐは消さむ花の山
011 惜春の女の多き車両かな
015 香水や一人の時間少し欲し
016 夏の夜の至福大きなバスタオル
017 空蝉の本当によく出来てをる
022 秋雨にフランス人は傘ささず
029 焚火去る心決めたる背中かな
053 秋灯と雨の間の嵌殺し
074 仔羊に見られ羊の毛刈かな
080 指美しきままに雨月となりにけり
087 葱切つて東京タワー見上げけり
092 三寒の盃に四温のグラスかな
125 春の雪耳くつきりと泣いてをり
148 柄よりも大きな口や初浴衣
153 食べ終へてやさしくなりぬ氷水
160 また数を忘るる柚子を数へけり
161 最終電車鉄の匂ひや後の月
162 存外に酒要る料理秋深し
166 また人に抜かれ春著のうれしさよ
174 甘味屋に古き町の名鳥の恋
188 椅子かませある扉より夏の蝶
192 屋上にお社のある夕焼かな
202 醤油辣油酢の向き揃ふ冬至かな
204 好きなもの終りに残し冬ぬくし
207 数へ日のみやこを目指す沓の音
220 ノーサイド枯野へ人を帰しけり
230 筍を互ひに提げてすれ違ふ
237 何食べてたのし跣足の指の先
242 リュックからはさみはみ出てゐる帰省
245 秋蟬を分かちてスワンボート来る
257 ポインセチヤの窓辺に立ちて息子めく
259 熱燗の片手は猫を平らかに
生徒・児童の部から二句
272 十センチあいだをあけてなす植える
273 母さんのサングラスかけてお買物
よくある景を作者自身の感受を以て切りとった平明な作品が多い。只事すれすれの妙味を詠んだ作品もある。その中から小生が選んだ句は、何か一点変わったところがあると思われるものである。たとえば一句目の〈007 子の一人くらゐは消さむ花の山〉は、多くの「ホトトギス」的俳句ではないように思え、ユニークなので戴いたのである。
もう一つ例を挙げれば〈125 春の雪耳くつきりと泣いてをり〉も「くつきり」が特徴的な措辞である。このような、良い意味での「圭角」を一句に内蔵させているところが、小生の気に入った点である。そのことが、一見「ただごと」であるような景を一句に立ち上がらせている。
小生の気に入った句をひとつだけ鑑賞しよう。
022 秋雨にフランス人は傘ささず
阪西さんはフランスに留学されていたので、この句は実景であろう。実は小生にも海外生活があって、とくに南米にいたときは、まさにこの句のような景を見たものだった。だからこの句は、小生にとっては、単なる事実の報告句にとどまるものではない。
外国人は雨に濡れるのを気にしないようだ。日本人の方が濡れるのを過度に嫌うようである。余計なことを書けば、外国人は、日本人よりも肌の露出度が多い。驚いたことに、臨月と思われるご婦人がお腹を出した薄着で街を闊歩していることだった。その膨らんだお腹にはタトゥーがあり、雨でも、小雨程度なら、傘はささないのだ。懐かしい外国の街角のシーンを思い出し、この句を戴いた。
楽しい句集をありがとうご座いました。
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