高尾さんの第二句集。文學の森、令和四年十一月一日発行。氏は山本一歩主宰の「谺」の重鎮で、石川桂郎の「風土」から「琅玕」をへて現在に至り、谺賞や横浜俳話会のみなとみらい賞を貰っておられる。伊豆にお住いのようだ。
自選十句は次の通り。
薔薇剪つてそれからピアノ鳴らぬなり
蘆の角朽葉を刺したまま伸びし
一滴の如く一輪枝垂梅
蝉となり空蝉となるうすあかり
茸汁誰かが笑ひ始めたる
温め酒波郷はいつも若かりし
朝顔のつぼみのやうに日傘巻く
早梅は水かげろふの立つところ
期待などしてはをらねど鳥威
鶲来てせきれいの来て年つまる
小生の感銘句は次の通り、多くあった。
013 まづ眉が動き草笛吹きにけり
018 神酒吹きて虹の立ちたる漁始め
018 網繕ふあぐらの内に冬日溜め
024 校庭をひきずつて来し七夕竹
033 日向ぼこ立ち上がるとき日を零し
033 端居してゐたるところで日向ぼこ
034 風船の頭抑へてバスに乗る
039 よその子に袖を持たるる夜店かな
040 太刀魚を丸めて桶にをさめけり
048 水ばかり通して簗の暮れにけり
062 靴脱げばそこが入口花むしろ
069 綿飴が潜つてゆきし茅の輪かな
074 紅梅を白梅越しに見てをりぬ
084 仏壇に木の実と子供からの手紙
099 座布団の下に敷居や泥鰌鍋
109 納屋の戸はいつも開けある梅の花
112 青蘆を摑みて舟を寄せにけり
113 壁に手を突きて靴履く送り梅雨
115 銅鏡は何も映さず原爆忌
119 温め酒波郷はいつも若かりし(*)
141 自然薯とわかる筵を抱え来し
163 置くとなく膝に手を置き盆の月
平明な日常詠が多く、納得の行く句集である。一句一句にポイントがある。たとえば、一句目の「まづ眉が」、二句目では「神酒吹きて」、三句目では「あぐらの内に」、四句目では「ひきずつて」である。これらは説明ではなく、見事な気づきの上での「描写」である。
イチオシを鑑賞しよう。
099 座布団の下に敷居や泥鰌鍋
なぜこんな変な句をとるのか、と訝られるであろう。でも、見事な気づきなのである。個人的な懐かしさをお許し戴きたい。上野のある著名な「どぜう屋」の経験が懐かしいのだ。その店は畳敷きの大広間に客がずらりと並ぶ。混んでいるので、通し座敷の敷居の上にまで坐らされる。断ったら、空くまで待たされる。泥鰌と牛蒡の煮える醤油の匂いがたまらない。だから敷居の上でも構わないのである。「座布団の下」の「敷居」がポイントで、あの店の雰囲気が、匂いまでが、伝わってくるのだ。また行きたいと思う。
Comentarios