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髙橋亜紀彦句集『異邦の神』

 



 髙橋亜紀彦さんは現在「雪華」(橋本喜夫主宰)、「紫」(山﨑十生主宰)、「篠」(辻村麻乃主宰)の同人で、二〇〇四年に「祭」(山口剛代表)に参加してから俳句を始めた。「金木星」「いつき組」「里」「藍生」にも入っていたとあるので、自分に合う結社を尋ね続けたのであろう。栞は五十嵐秀彦さんが、帯文は橋本喜夫主宰が書いている。帯にある〈妻一人守れずなんの耶蘇冬至〉が示す通り、強烈な作品が多い。自らの宿痾と妻を失った境涯が、俳句の限界に挑戦させたようだ。二〇二三年一二月一日、朔出版発行。


 自選十二句は次の通り。


  明日からは春の炬燵となる炬燵

  その唇に触るることなく梅の花

  YES・NО枕ありけり昭和の日

  妻の魂さすらひ始む夜の秋

  保護室にナースの運び来る聖菓

  緊急事態宣言の夜の菜飯かな

  だんだんと少女めく妻夕花野

  パンに塗るレバーペースト開戦日

  叛逆か従属か蟻迷走す

  逝く秋や妻の瞼を指で閉ず

  気の利かぬ亡妻(つま)だと屠蘇を手酌する

  白シャツの何処にもゆかず汚れけり


 小生の抽出句は次の通り。


034 少年は亜麻色の髪夏来たる

037 プワゾンをつけたる妻を畏れけり

040 七夕や雲の上なら晴れてゐる

046 曼珠沙華汝もサイコパスかも知れず

050 礼拝の帰りのおでん屋台かな

054 恋人たちの日でよろしクリスマス

079 本日は区民プールに人魚ゐず

087 だんだんと少女めく妻夕花野(*)

113 春の夜やデパスほんのり媚薬めく

120 雀蜂総身の疼くアカシジア

134 螢に水遣る延命措置として

141 こんな濁世に福音の小鳥来る

146 逝く秋や妻の瞼を指で閉ず(*)

151 妻一人守れず何の耶蘇冬至

159 冬の蝶われより少し先に逝く

186 悪場所にゆく気になれず濁り酒


 一読して境涯性の強い句集であると感じた。帯に橋本主宰が書いている……他人の句集を読んで、泣いたのは初めてだ。宿痾に苦しみながら、自裁を考えた日々。やっと出会えた人生の灯りであった細君と信仰により明るい未来が開けたはずだった。逢ったことはないが亜紀彦は私の弟子だ。ある意味凄い句集だと思う。読んでみたら解る……。

 栞には五十嵐さんが、作者が母を失った後、今度は妻を失い、その悲しみと自身がクリスチャンであることから来る「原罪意識と救済」の意識がこの句集を成させしめた、という意味のことを書いている。

 小生も一読してこの句集の並々ならぬ情感を肌に感じた。句集中に頻出する病的な用語、たとえば、037での「プワゾン」=毒、046の「サイコパス」=精神病質者、113の「デパス」=抗不安剤、120の「アカシジア」=副作用による静座不能状態、などである。さらに、〈151 妻一人守れずなんの耶蘇冬至〉からは、作者の救済されざるほどの悲しみを理解した。さらに驚いたことは、〈126 素裸に妻の赤パン穿いてをり〉のような作品が入集されていることである。小説ならごく普通の表現だと見過ごされようが、俳句でこうまで書かれると、極言すれば俳句という生ぬるい表現形式への挑戦である、と受取らざるを得ない。亜紀彦氏の正直な、そして渾身の訴えなのである。

 ここまで境涯性を書くのは、正直を通り越していると思うのが普通であろうが、俳句の規範を広げようとする真摯な行為であるとすべきであろう。

 最近読んだ句集の中では、突出して刺激的な句集でした。


 髙橋夫人のご冥福をお祈りいたします。

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