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黛まどか句集『北落師門』




 黛まどかさんは知名度の高い人だから、ここに紹介するまでもないのだが、月刊「ヘップバーン」創刊主宰であったほか、スペインの巡礼道800キロ、釜山―ソウル閒500キロ、四国遍路1400キロなどを踏破されている。文化交流使としてパリ駐在、京都x俳句プロジェクト「世界オンライン句会」主宰、などなどでご活動。オペラの台本、校歌作詞、舞台朗読など幅ひろい活動をされておられる。いくつかの大学の客員教授、広域財団の評議員、いくつもの名誉職、社外取締役ほか、飯舘村の「までい大使」を含む社会活動もされている。活動が俳句の世界に限らないのは、望ましいことだと心服している。

 この句集は十年ぶりで、年齢的にも50代を振り返るものとなったようだ。あとがきにはこの十年を無為に過ごしたわけではなく、社会活動を続け、沢山の事象に出会い、天命を果たそうと必死に駆け抜けたことを、句を通してあらためて思いかえした、とある。そのせいか、この句集の第一節は「知命」と題されている。

 この間、多くの敬愛する人々が亡くなられたが、父黛執さんの逝去は、最大の悲しみであった。特にこの句集の後半の部分やあとがきを読むと、小生には、執さんの最晩年の句〈春の夜を上りつめたる春の月〉が、思い出されならない。

 タイトルの「北落師門」(はくらくしもん)は南の魚座の首星(フォーマルハウト)で「秋のひとつ星」ともいわれ、秋の夜空に輝くただ一つの一等星で、孤高の星のことである。

 文學の森、令和四年七月三十一日発行。


自選13句は次の通り。


  降りてくる春の帽子を押さへつつ

  春日傘姉三六角蛸錦

  ちちははに遅れて浴ぶる落花かな

  みちのくの寒さ若葉にありにけり

  水打つてしばらく風の祇園かな

  涼しくて赤子の眼よく動く

  風の盆ひとつの月に踊りけり

  面より底ひの水の真澄かな

  ためらはず沈む夕日も秋水忌

  一人づつ着いて囲める暖炉かな

  落葉して落葉してまだ落葉せる

  寒鯉も水も動かぬ構へかな

  あをぞらの匂ひて春はもうそこに


 小生の琴線に触れた作品は次の通り多数に及んだ。並べてみると「なりにけり」や「かな」の句を沢山とっていたことに気が付く。好みとは言え、「切れ」が俳句に深みを与えてくれることを、強く思い出させてくれた。

 また、万葉語や古語を上手に用いた句も目立ち、随分と勉強になった。たとえば〈虫時雨ここだく批難解除村〉の「ここだく」や〈しかすがに水の香放ち草いきれ〉の「しかすがに」などである。(*)印は自選と重なったもの。


013 青空に触れて噴水折れにけり

015 空よりも水面にぎはふ揚花火

028  飯舘村

    帰らうとすればかなかなしぐれかな

038 散る花に瀬音を違へ使ひ川

043  チュニジア

    満天の星に天狼まぎれなし

047  二月二十一日、三津五郎さん逝去

    ひとさし舞ひて凍鶴となりにけり

048  会津

    酒蔵にむかしの寒さありにけり

049  父「春野」七月号を以て主宰を退く

    引き際の波の白さよ半夏生

054 途中から入りて焚火を仕切りをり

072 したたかに水打つて市畳みけり

073 噴水の一糸乱れぬ乱舞かな

073 花茣蓙の花のあたりを譲り合ふ

077 四五人を行かせて水を打ちにけり

079 呼び鈴に犬が出てくる夏館

096 初泣の身丈に余る声出しぬ

113 日脚伸ぶ仏の分も菓子買うて

114 三條みすや針春の立ちにけり

116 花の雨京の七口濡らしけり

117 春日傘姉三六角蛸錦(*)

118 小走りに舞妓が過ぎる花の昼

121 一つ目は母が見つけし蛍かな

123 傾きて回りはじめし白日傘

130 ひと駅を歩いて秋を惜しみけり

150 夏柳風の縺れを雨に解き

151 涼風に鳴らして締める博多帶

190  父 十月一日「中秋」に退院

    今生の月を見てゐる背中かな

195  四国遍路結願の金剛杖を納棺す

    遍路杖柩の父に持たせやる

200  遺影の父は……

    何を言つてもあたたかな笑み返し

208 滴りに跡形もなき峠茶屋

221 野に山に父の気配や秋の風

223  父の忌日「秋水忌」に

    夕星に泛ぶ山なみ秋水忌

235 母許といふ冬の灯のひとつかな


 一句だけ引いて思い出に耽ってみる。


221 野に山に父の気配や秋の風


 父黛執さんは湯河原の周辺を隈なく散策され、佳句を沢山詠まれている。


  振返つてみたくて上る春の坂    『春野』

  大杉の真下を通る帰省かな

  うぐひすに山墓の水やつれけり   『村道』

  うしろから道ついてくる枯野かな  『朴ひらくころ』

  秋まつり大きな山の影の中     『野面積』

  ふんはりと峠を乗せて春の村    『畦の木』

  遠くまで見ゆるさびしさ麦の秋   

  桐いつも遠いところに咲いてをり  『煤柱』

  涼新た遠い山ほどくつきりと    『春の村』

  冬耕のいつも遠くにひとりかな

  雉子鳴いて夕べ明るき仏みち    『春が来て』

  春が来て日暮が好きになりにけり


 その散策の足は、小生が一時住んでいた函南平野にも及んでいたのを、いま思い出している。まどかさんの句集から、懐かしさのあまり、もっぱら執さんのことに思いが及んでしまった。

 有難う御座いました。


追記 黛執さんは2020年10月21日に亡くなられた。この日を「秋水忌」とされた。   

   間もなく忌日が来る。詠んでみようと思う。

 

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