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植田いく子句集『水でいる』




 


 植田さんは「山河」(山本敏倖代表、松井国央名誉代表)の同人。2011年に「山河賞」を受けている。序文は松井さん。氏は、

  薄氷の一歩手前の水でいる

  葱刻むような音する別れかな

  芹の水未生の我に会いに行く

などを挙げ、植田さんにもとより備わっている「物や事柄に対する知性に裏付けられた感性」を指摘し、「そのあたりを読み解くのがこの句集の楽しみである」としている。

 山河叢書、令和三年十一月一日発行。


 自選句の提示がないので、早速、小生の共感句を掲げる。300句ほどから一割以上を選んだことになる。小生の好むタイプ・・・若干の謎と知性を感じさせる句柄・・・が多かったせいであろう。


023 白萩の傍を零れていく言葉

026 裏側は夜霧のままの顏をして

028 山茶花が妙に明るい嘘ついて

038 海側の窓に集まる秋夕焼

040 新年の真正面が定まらず

045 ふる里は謄本一枚春時雨

047 朧夜の海に和音を眠らせる

052 雨音の女性名詞となる六月

056 曖昧に生き蟋蟀と同じ部屋

058 水仙を活けてどこにも行かない日

062 畳に足触れ紅梅の鮮やか

062 春の雪保健室より話し声

066 画廊への狭き階段巴里祭

071 月蝕の月の球形ポワロの死

072 新設のデザイン学部小鳥来る

082 現在地古地図で探す油照

083 刃を入れるたびに尖っていく西瓜

086 秋風や隣の席は空けておく

102 芒原反対側のドア開く

107 叱られたような軍手や春の泥

107 薄氷の一歩手前の水でいる

111 返り花幾たび帰れば許さるる

112 白鳥来麻酔の切れる時間帯

116 ワイパーの届かぬところ鳥曇

117 糸抜けて針穴残る啄木忌

118 海峡は薔薇咲く前の青さかな

121 豆腐屋の消えた場所から夕焼す

139 ゆくゆくは風になりたいねこじゃらし

140 混沌の中は空洞そぞろ寒

140 シャンデリア見上げ勤労感謝の日

141 未来より過去が不確か冬の霧

148 来た道のところどころに花大根

154 歩くほど水澄んでいく奥武蔵

159 シクラメン赤い花から忘れられ

173 聴覚は最期まである草雲雀

174 柿届く積極性のない履歴

175 教会の椅子の直角ポインセチア


 小生が特に惹かれた5句を鑑賞しよう。


052 雨音の女性名詞となる六月

 この句集に月毎の句が多い。確かに一月、八月、十二月などには特別な意味を感じる。六月については、小生の感覚では雨の季節で、かつ、飯島晴子が六月六日に亡くなったことが記憶に残っている。「六月六日雨ざあざあ降ってきて、三角定規に罅入って・・・」の歌をも思いださせる。「雨音」を「女性名詞」とはよく言った。日本語には性別はないので、ピンとこないかも知れないが、ラテン語系では厳格にそれがある。雨は女性名詞なのであろう。そうでなくとも、優しい雨音なら、女性名詞であるに違いないと思うのである。感覚の句。


107 薄氷の一歩手前の水でいる

 この句集の題名となった句。水は摂氏四度で一番比重が大きくなる、などは関係がないが、凍りもしない、融けもしない、微妙な温度。句意は、さらに冷えていき、これから凍りそうなのだが、その手前だという。そんな状況にいま自分はいるのだと思うと、緊張が分る。いや、諦観なのだろうか? この微妙な感覚を感じ取れると、この句の魅力が増す。感覚の句。


116 ワイパーの届かぬところ鳥曇

 「ワイパーの届かぬところ」を詠った句を、小生は知らない。その気づきに感銘した。しかも、「鳥曇」が絶妙な季語ではなかろうか。ぴったりしすぎかも知れないが・・・。作者の気づきの丁寧さと配合する言葉の見事さを感じた。


141 未来より過去が不確か冬の霧

 逆説的だが、言い得ている。過ぎ去った過去は朧だが、しっかりと見据えた未来は、信念として明確である。普通、逆説に挑むと失敗することが多いのだが、この句は成功していると思う。やや知的すぎる感じは残るが・・・。


159 シクラメン赤い花から忘れられ

 これも知的で逆説的。シクラメンは「篝火花」ともいわれ、赤が代表的。その赤が忘れられる、というのだから、代表的であっても、平凡なものは真っ先に忘れられる、という警句のように読める。白やピンクのシクラメンならいいのだろうか? いや、シクラメンそのものが忘れ去られる、と読むべきか? つまり、赤い花は世の中に沢山あるが、シクラメンなどは人気があっても、他の赤い花から比べると、あまりにもポピュラーだから忘れ去られる宿命なのだ、という意味だろうか? 他にも解釈があろう。いろいろ考えさせられ、知的に楽しめる句である。

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