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津高里永子句集『寸法直し』




 津高さんは「未来図」を経て「小熊座」の同人、そして「すめらき」「墨BОKU」の代表であられる。だから師系は、鍵和田秞子、佐藤鬼房、高野ムツオとなる。俳人協会と現代俳句協会の幹事でもある。

 この句集『寸法直し』(東京四季出版、二〇二二年二月二二日発行)は、和綴じで箱入りの優雅な仕上がり。なかなかの拘りである。特別な和綴じのせいか、頁を開いたときの感覚がとても手に馴染む(*注)。表紙の題字は故深見けん二さんで、〈寸法直しせずやしぐるるわが裾野〉からとられた。帯文は池田澄子さん、表記確認は「すめらき」の渡辺舎人さんにお世話になったとある。小生の存じあげている方々の名が出て来て、この句集に親近感を持った。

(*注、コンデックス装というそうです。後刻、津高さんから教わりました)


 自選と思われる七句は次の通り。


  掃除機を動かすまでの春うれひ

  たんぽぽの絮よわが夢何だつけ

  髪洗ふ排水口を見つめつつ

  新米を研ぐや余計なこと言はず

  歩みたき方角に径なき花野

  神の留守目的地にてまづは寝る

  はぢらひの色の鮟鱇すりつぶす


 小生の感銘句は次の通り。


019 特攻魚雷晒さる永久の日の盛

022 化石氏と笑ふ涼しさ坐す涼しさ

034 冬眠のけものに丸き地球かな

044 おほつぶの雪解雫となりしひと

045 ではまたと言へる花散る墓地の中

049 水きゆつと吸ふ短夜の排水口

049 紫陽花を活けて瓶ごと不安定

052 青芝やザッケローニと母言へて

058 還らざる島に山ある秋思かな

059 ストーブに遠くテレビに近き席

060 日本なら落葉フランスなら枯葉

071 前方に海ひらけたる巣箱かな

072 日当りのよきこと哀し紙雛

076 薔薇園に入るほかなき薔薇の径

078 鳳を載せて晴れゆく山車の空

082 晩涼のたしかに馬のゐし匂ひ

086 栗とわかるやうに栗羊羹を切る

103 家の穴見つけてくれる蟻の列

125 不言実行風船に息溜めておく

127 死ぬ死ぬと言ふな新茶を送るから

128 螢火を追ふ不確かな踏みごたへ

139 聴く耳を持ちはじめたる秋の薔薇

163 ブータンの人みな正月らしき顔

168 どちらにも流るる川かハンモック

169 噴水のまはり柵ある国家かな

176 男女仕切られ撫づる嘆きの壁の冷


 津高さんは句集や著書を沢山出しておられ、俳誌「墨BОKU」(二〇二一年六月創刊、肉筆の俳句に書画や写真を添えてのユニークな俳誌である。写真製版というのであろうか? 豪華な仕上がりである)を立ち上げられ、NHKの俳句事業にも参画されるなど、斯界でのご活躍が目覚ましい。先日も龍太一氏の句集『HIGH QUALITY』の栞を書いておられ、たいへんに参考になった。


 小生が頂いた句の数は二十をゆうに超えた。彼女の作品は、日常の出会いのモノ、コト、ヒトが中心で、そこに生じた心に響く何かを……大きな詩情に発展しそうな核を……丹念に拾って書いた作品が多い。また、末尾の七十句ほどは海外詠で、極めて多くの国に出かけておられる。その行き先から考えて、単なる物見遊山の旅ではなかったようだ。


 中から幾つかを選んで鑑賞したい。


022 化石氏と笑ふ涼しさ坐す涼しさ

 村越化石さんは、角川俳句賞、蛇笏賞、詩歌文学館賞などを受けた盲目の俳人で、群馬県のハンセン病患者の療養所(楽泉園)で過ごされた方。紫綬褒章も受章しておられる。

 実は、小生も彼に興味があり、郷里の岡部村(今は藤枝市)や草津市を何度も取材に訪れたものである。〈044 残雪の重さ村越化石死す〉の句があるように、二〇一四年三月に亡くなられ、今は郷里の茶畑が見える村越家の墓に眠っている。この句からは化石さんの句集『端座』を思いだす。詳細は拙著『俳人探訪』をご参照下さい(平成十六年九月、文學の森発行)。


058 還らざる島に山ある秋思かな

 知床峠を越えるとき、東の海に国後島が見える。山といえば爺爺岳(ちゃちゃだけ)であろう。活火山だそうだ。北方領土問題は、現下のロシアのウクライナ侵攻によって、ますます混迷の度を深めた。小生もこの峠で〈国後見えて国境見えず鳥渡る〉と詠んだものです。


060 日本なら落葉フランスなら枯葉

 この句からイブ・モンタンのシャンソン「枯葉」を思いだす。だから「フランスなら枯葉」は頷ける。すると対句的に日本なら「落葉」となるのだろう。「落葉」も「枯葉」も冬の季語で良かった。粋な一句。


071 前方に海ひらけたる巣箱かな

 「巣箱」の小さな丸い窓から真正面に「ひらけた海」が見える。ただそれだけの写生句なのだが、なんと心ひろがる句であろうか。自分が巣箱の中の小鳥になった錯覚を覚える。気持ちの良い一句。


082 晩涼のたしかに馬のゐし匂ひ

 夏の夕方の涼しいひととき。今までいた馬が、何かの事情で今はいない。厩舎には馬の匂いが残っている。馬の匂いは決して不快なものではない。小生には、少年時代を思い起こさせる懐かしい匂いである。「夕涼し」でも良いかと思ったが「晩涼」の締った音感も捨てたものではない。


163 ブータンの人みな正月らしき顔

 ブータンは幸福度が世界一の国らしい。素朴な国民性を思わせる。決して豊かではないはずだが「正月らしき顔」がうまい! 小生イチオシの句。


168 どちらにも流るる川かハンモック

 この句の前後にベトナムらしい句があるので、この川はメコン川に違いない。下流はデルタで知られているから、潮の干満で流れの方向が一日に二回変わる。それで「どちらにも流れる川」となったに違いない。海外詠は外国での非日常性や驚きを詠むのも良いのだが、この句のようにその土地に住み着いた感覚で、ゆるりと詠むのが良い、と小生は思っていて、いつもそう心がけている。ハンモックに乗って日がな一日メコンを楽しむのである。その点で気に入った句である。


 津高里永子句集『寸法直し』を楽しませて戴きました。多謝です。

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