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小川軽舟句集『無辺』





 「鷹」の小川軽舟主宰の第六句集である。2022年10月22日、ふらんす堂発行。帯には〈水底に欠茶碗あり蜷の道〉を引き、「私たちは果てを知らない無辺世界に危うく浮かぶように日常を営んでいる。無辺より来たって今在るものは、いつか無辺に消え去る。その過程で偶々出会えた物や心の端正な姿を、俳句の形に残しておきたい」とある。

 無常観の中に大人の風格が現れたような句集である。


 軽舟さんの自選は次の12句


  雪になりさうと二階の妻降り来

  光源は太陽一つ初景色

  水底に欠茶碗あり蜷の道

  三鬼忌や男もつかふ針と糸

  火の影を踏む白足袋や薪能

  大皿に松風吹けり初鰹

  人の顔みな百合めきぬ終電車

  写真剝ぐやうに八月また終る

  大阪にアジアの雨や南瓜煮る

  ガラス戸にじぶくる蜂や花八手

  かあさんと墓を呼ぶ父冬日差す

  終りなく雪こみあげる夜空かな


 小生の感銘句は次の通り。


007 元日や見渡すかぎりものに位置

014 連翹や降る音なきに軒雫

016 利休忌や刃短き花鋏

017 暮れてなほ白まさりけり山桜

018 花散るや柱親しき親の家

021 山盛の韮腰抜けて煮えあがる

023 シーソーは大人に低し桜の実

037 神に酒仏に水や鉦叩

054 ファックスの声なき面罵柳の芽

057 鳩たちは囀知らず恋のとき

060 喨々と月光聞こゆ山桜

062 かたまりより仔猫の形摑み出す

067 釣堀や帰る家ある者ばかり

068 消してまた黒板広し南風

079 光源は太陽一つ初景色(*)

085 遊学といへば船旅春の星

086 赤味噌も白味噌も佳き三葉かな

091 駅弁は窓に買ひたし山若葉

099 皮引きてなほ鯖の背の青光り

100 父帰れば畳に泳ぎ見する子よ

101 狂気その初めしづかや蟻の列

106 唐黍食ふ八重歯こぼれんばかりなり

110 歯並びのよき人とゐる寒さかな

114 アマゾンの箱破る快クリスマス

114 数へ日や家族みな知るパスワード

122 絵の中の昔に雪の降りしきる

124 住む町の平日知りし風邪寢かな

128 冬濤に切箔を蒔く夕日かな

132 春の人眠り手首にレジ袋

134 空港に日本のにほひ春の雨

135 麗かや眠るも死ぬも眼鏡取る

144 てのひらを氷に冷し鮎料る

146 キリストに一人の母や月見草

150 指切りは小指と小指小鳥来る

163 かあさんと墓を呼ぶ父冬日差す(*)

172 浮き出でて賢き貌やかいつぶり

182 花散るや節榑(ふしくれ)なじむ古机

188 筍や打ち取られたる如くなる

190 怺へゐし牡丹はたりとくづほれし


 穏やかな日常の句と端正な叙景句とを収めた句集である。悲憤慷慨や抗議はない。それゆえにこの句集は、氏の日常に添って、ゆったりと読める。そこから作者の姿が自然と立ち上がってくる。

 

 端正な叙景句といったのは、つぎのような作品である。

007 元日や見渡すかぎりものに位置

014 連翹や降る音なきに軒雫

017 暮れてなほ白まさりけり山桜

060 喨々と月光聞こゆ山桜

079 光源は太陽一つ初景色(*)

128 冬濤に切箔を蒔く夕日かな


 現代の生活の一面を詠んだ句も面白い。このような句は、むかしの俳人は詠めない。

054 ファックスの声なき面罵柳の芽

114 アマゾンの箱破る快クリスマス

114 数へ日や家族みな知るパスワード

132 春の人眠り手首にレジ袋


 軽舟さんと言えば〈死ぬときは箸置くように草の花〉を思い出す。「死」を詠んでも抹香臭くなかった。『無辺』という句集名から、強い無常観の作品が多いかと思ったが、そうではなかった。

135 麗かや眠るも死ぬも眼鏡取る


 以下に小生の好きだった句を挙げ、短いコメントを付させて戴く。


016 利休忌や刃短き花鋏

 「花鋏」は、柄の部分の大きさに比して、刃の部分が意外に短い。そこへの気づきが一句となった。「利休忌」を配合したことで、朝顔を全部切り取って、一輪だけを飾って秀吉を驚かせた故事までを思い出す。「刃短き」が利休の一生を思わせる。


085 遊学といへば船旅春の星

 脈絡もなく京極杞陽がドイツに留学したことを思い出した。虚子のヨーロッパへの旅も、当然、船だった。今は飛行機。とてもゆったりとはいかない。


134 空港に日本のにほひ春の雨

 海外出張などから帰国すると、日本の良さをしみじみと感じる。その初めは空港である。「にほひ」もそうだが人が発する「言葉」がしっとりと感じられるのだ。そして日本は緑が濃い。適度な湿り気(潤い)がある。「春の雨」がぴったり。


091 駅弁は窓に買ひたし山若葉

 ネットで買い物ができる世の中。むかし「駅弁」は、窓を押し上げてホームの売り子から慌ただしく買ったものだ。外気が感じられる。「山若葉」だ。陶器入れのお茶は決してうまくなかったが、懐かしい。今は、列車の窓が開かないのが普通だ。


106 唐黍食ふ八重歯こぼれんばかりなり

110 歯並びのよき人とゐる寒さかな

 軽舟俳句は健康的である。まわりには皓歯の人が多いのだろうか。


124 住む町の平日知りし風邪寢かな

 とはいえ「風邪」をひくこともあったのであろう。「平日」に家に居ることは珍しい。だから風邪で休んだ日は、近所の佇まいに認識を新たにするのである。


144 てのひらを氷に冷し鮎料る

 「鮎」の鮮度を保つため、板前の気づかいというか奥義というか、そこまでやるのかという、「通」でないと分からないことまでを詠んでいる。感心させられた。「粋」を感じた。


117 賀客に名呼んでもらひぬ門の犬

163 かあさんと墓を呼ぶ父冬日差す(*)

 小生が最も気に入った二句を挙げよう。

一句目。年賀客と小川家との関係が一読分かる句で、微笑ましい。

二句目。墓参りのシーン。先に亡くなった母を父が「母さん」と呼んだ。それだけでお二人の過去が見えてくる。この二句は、わずか17音で色々なことを一瞬にして分からせてくれる。余計な説明のない17音が恐ろしいほど雄弁である。


 心温まる句集を有難う御座いました。

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