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青麻香菊句集『蛍の夜」



 

 小生がお世話している地元の「さつき句会」に所属しておられる青麻さんが句集を上木された。香菊さんは「山火」の福田蓼汀・岡田日郎主宰の流れを汲む俳人で、確かな叙景句を詠まれる方である。喜怒哀楽房、令和4年12月30日発行。


 青麻香菊さんにはじめてお会いしたのは、学習院俳句会の吟行会の折であった。この句会は学習院に縁のある俳句愛好家のグループで、けっこう長い歴史がある。華族であられた犬山城主の成瀬正俊、京極杞陽のご長男の高晴さんらがおられた。私(栗林)は学習院のOBではないが、非常勤講師を短期間勤めていた縁と、現役時代に宇宙開発に係わる仕事の縁で、山縣輝夫「ゆく春」主宰を存じ上げていた。この山縣さんが句会の指導者だったので、初学の私は頼み込んで会に入れて戴いた。この会は、山縣さん逝去後、同じく学習院に関係のあった長嶺千晶さん(「晶」主宰)が引き継ぎ、現在は坊城俊樹さん(「花鳥」主宰)が指導しておられる。

 香菊さんは、それ以前から俳句に親しんでおられ、「山火」(岡田日郎主宰)で研鑽を積まれた。そのせいか、とても端正な写生句を詠まれる。

  純白の破魔矢挿したる紙袋

  水張田に常念岳うつり遠蛙

  山の端に花粉光環春入日

  大空へつぎつぎ飛ぶや白木蓮

  月山や冬田に一戸レストラン

 どの句も正直な嘱目句であり、衒いがなく、外光を一杯に受けた屋外派の作品である。

  薄雪草白とも云へず薄緑

  山茱萸の莟黄みどりほぐれけり

  笛失せしままの身構え享保雛

  ジャスミンの籬の香る月夜かな

  銀竜草たとへば森の蝋細工

  蓮大葉撓みにたまる雨こぼす

  隣田へ板を渡して稲刈機

 その目は細かいところを逃さない。享保雛の仕草や稲刈機を渡す板など、気づきが微笑ましい。草花を豊かな色彩感覚で描写し、匂いや、銀竜草の半透明感まで教えてくれる。

 父や母への慕情も次のような作品に昇華されている。二句目の〈懐剣を胸に〉の句から、  

この句集の表題が決められた。

  父からの行の傾く賀状かな   

  懐剣を胸に母逝く蛍の夜

  ゆさゆさと淡墨桜母の故郷

 香菊さんの作品の傾向からいって、師の岡田日郎さんの影響が大きい。山岳句をよく読まれた「山火」の句柄が、彼女の作品に沢山あることは既に書いた。

   悼 岡田日郎主宰

  雪渓まぶし山の俳人逝きたまう

 お生れは旧朝鮮とのこと。そして戦後の作品の数々。

  漢口の汽笛はるかに秋の夜

  温突(オンドル)に手を温めたる遠き日々

  炊き上がる飯の匂ひや敗戦忌

  戦時中屋根這ひ上る南瓜畑

  八月や灯火管制ありしこと  

 そして仲間との吟行の旅。それは国内の山や海、さらには海外にも及んでいた。

  午后からの風が出て来て梅三分

  老鶯や朝刊とくログハウス

  雛罌粟の揺るる中行く羊飼

  ムッソリーニ処刑広場のばら深紅

  バンクーバー町並み広く花水木

  草茂る中に出土の古代都市

  ロッキーの森出て川へ子連れ熊

 もう卒寿を迎えられたであろうか、彼女の日常は平和である。

  煮凝や一人の夕餉早めとす

  朝寝してまぶし一人の目玉焼

  梅雨寒や豚汁一人夕餉とす

  重陽に着く京漬の誕生日

 その背景には信仰がある。近くの教会に通っておられるようだ。

  雛祭照れる神父の誕生日

  朝のミサ祈る神父の麻衣


 作品をさっと概観してきたが、もう少し彼女の写生句を吟味してみたい。単なる写生に終っていないのである。

  掌に載せて雛に息かけ流しけり

 流し雛を掌に載せて、静かに息を掛けてから流す。単なる動作を描写しながら、雛に何かを願ってやっているとも、あるいは、自分の願いを念じているとも思えるのである。

  仰向けに上手に死にし秋の蝉

 単なる写生・嘱目句なら「上手に死にし」などと表現できるであろうか。

  幾万のあきつ飛び舞ひぶつからず

 こんなにたくさんの蜻蛉が飛び交っているのに、何故ぶつからないのだろうか? 素朴な「不思議こころ」が表出されている。

  朝顔の種色毎にマッチ箱

 細やかな配慮がこんな所にもふっと現れるのだ。つくづく俳句はおそろしい。


 最後に次の一句を揚げておきたい。

  末吉のみくじ賜る初詣    香菊


                               

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