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掛井広通句集『父母』

  • ht-kurib
  • 4月24日
  • 読了時間: 3分


 著者、掛井さんは「小鹿」「鷹」「沖」を経て、現在は「くぢら」(中尾公彦主宰)の創刊同人。沖珊瑚賞や俳人協会俳句大賞を貰っている。その第四句集である。跋は中尾主宰が丁寧に書かれておられる。2025年4月29日、ふらんす堂発行。


 自選15句は次の通り。


  交番に迷子の父や夜の新樹

  滴りに空の一滴紛れけり

  流木に長居する石大旱

  秋の蝶トランプを切るほどはゐず

  棺行く先に小春の鉄扉かな

  拳にも小さき稜線寒波来る

  紙漉の水の表を使ひけり

  落葉舞ふ風にも端のあるらしき

  マスクして東京遠く人遠く

  父死後も同じ一月二月かな

  一曲を奏でよ雨のかたつむり

  しんがりに母と着く墓蟬時雨

  母の字の傾く先に夏と我

  亡き父を諭してゐたり盆の母

  母の杖秋風追はず蝶追はず


 小生の気に入りの句は次の通り多数に及んだ。最近読んだ句集の中では、とても多い部類に入る。途中で、採る句数をセーブしたほどである。(*)印は自選と重なったもの。


009 交番に迷子の父や夜の新樹(*)

009 代筆で父の名を書く若葉冷

011 見えぬ眼で空を見る父鳥渡る

015 亡き父よ父よ頬まだ温き冬

017 冬の日や父の形に灰豊か

019 父死後も同じ一月二月来る

022 亡き父を諭してゐたり盆の母(*)

023 冬うらら手を当ててゆく父の墓

025 墓洗ふこの辺父の背なるや

026 鬼やんま墓より父は手を伸ばす

033 天の川自動ピアノは永久に鳴り

040 始発待つ一番線の冬帽子

045 一椀に一花の花麩春立ちぬ

056 カーナビの我は矢印秋澄みぬ

060 布団干す午前と午後を裏返し

061 霜夜なり風呂の蓋巻く音は母

065 大寒の湯気あるものを買ひにけり

082 しやぼん玉地球いつまで青かりし

083 一匙ははるかな地平かき氷

084 あの風もこの風も好き秋桜

086 桃食うて地球こんなにみづみづし

092 空席の網棚にある夏帽子

095 心臓はいつも激流夏はじまる

126 椅子を回して乗初の日を見つむ

147 花冷や一人座れる四人席

148 あたたかや郵便で来る表彰状

156 バス停は人の丈なり今朝の冬

166 入口も出口も花の雨の中

167 豆飯の豆やや多き一杯目

184 隙間には自由がありぬ油虫

193 しんがりに母と着く墓蝉時雨(*)

197 病院に行くのみ母の春帽子

202 冬椿母の一歩は千歩とも

206 天井は母の空なり遠花火


 平明な句が多い。しかし、さりげなく重い思いを込めた句が目立つ。内容としては『父母』という句集名がその内容を表していて、切ない作品が多い。境涯句集的とも思われるが、好句の多さが、それを救っている。多すぎる好句の中から、小生のイチオシとして次の一句を挙げよう。


148 あたたかや郵便で来る表彰状

 掛井さんは、ご両親の介護のために職を早めに辞し、介護の資格を取られたとか。介護などで、長時間は家を離れられないので、何かの表彰式にも出席できなかったのだろう。後日表彰状が、多分、筒に入れられて郵送されてきた。表彰事由(俳句大会かもしれない)を読みながら、関係者の暖かな心配り嬉しく思っている。表彰状を尾むと、自分自身も暖かくなる。そんな佳句である。

 久しぶりに心情のよく伝わる句集を読ませて戴きました。多謝です。

 
 
 

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