
中原道夫「銀化」主宰の句集『橋』を詠む機会を得た。発行は書肆アルスで、2022年4月1日。中原主宰の第十四句集であるようだ。
氏は、卓抜な機知を駆使し21世紀の風狂の俳諧師と呼ばれていることは周知の通りで、代表句に〈白魚のさかなたること略しけり〉〈飛込の途中たましひ遅れけり〉〈瀧壺に瀧活けてある眺めかな〉などがある。
帯には次の15句が載せられている。
自撮棒破魔弓せめぎあふ騒(ぞめき)
はんざきに冬の時間ののしかかる
縄弛む寒養生の一區畫
湯婆蹴る力まだあつたではないか
みはるかすはるのかすみはくはねども
藤房のまはり九百五十ヘルツ虻
兄事する石塊のありひきがへる
剪定の憂き目に遇はぬまでのこと
かたつむり性の描寫に立ち止まる
夜店にて聞く耳持たぬ子等の殖ゆ
散骨もいいかしろばなさるすべり
広島忌
炎天はドームの骨をまだ舐る
魔が差すごとく白鳥の翳るなり
茄子の馬どこで追ひ抜いただらうか
手際よく枯れよ今直ぐとは言はぬ
小生の好みの作品を、次の通り、抽かせて戴いた。なお、原句は正字表記であるが、ワードの活字の制約から、ここでは俗字を用いている場合がありますことをお断りいたします。
007 彼方とは流るる星の着けぬ先
008 ふたみこと炭繼ぐ火箸持ちてより
028 はなぐもり吾妻言問鼻の先
032 養蜂のまにまに拾ふ花詞
035 返り點打つて孑孑水底へ
037 猫の耳薄く尖れる祭の夜
046 家苞を解くももどかし月の客
053 すみずみを掃きて落葉を招致せる
054 九州・大宰府
たたなづく筑紫山垣ふゆかすみ
056 飛びながら死す鳥あらむ極月を
057 中繼の鐘と生マの除夜の鐘と
069 いつまでも尾の取れぬ蝌蚪おとうとよ
070 枕錢朝寢の分を勢(はづ)みけり
077 蟷螂に生れて右利き左利き
081 鱧の皮ひちりきのひの言ひ難し
085 外つ國は行かねば遠し草の絮
085 地蟲鳴く螢光燈の壽命とふ
088 京都/法然院谷崎潤一郎奥津城
石に彫る寂の一字やしぐれ寺
090 日向ぼこいのち伸びしと立ちあがる
097 潟はるか雪に埋れぬもの戦ぐ
102 二月廿日 金子兜太逝く
「おお」と應へて春の厠を出て來ざる
105 質種に少し難ある初鰹
116 一門のばらばらになる驟雨かな
132 當座煑に箸さしわたし燗を待つ
150 はしやぎたるあとのむなしさ蝌蚪に足
154 薔薇を掃く老女に靜かなる怒り
164 ででむしの慌てふためくさま見たし
171 散骨もいいかしろばなさるすべり(*)
172 渡り鳥鐡路は宗谷岬まで
184 山鯨俎替へて料るなり
191 川越吟行 二月拾壹日
きささげの枯莢鳴らす風もなし
192 その雛眉はき忘れたるやうな
197 はやばやと手を洗ひ來る豆の飯
198 くちびるの觸れて苺の先とがる
199 文音(いん)に一夜明けたるかたつむり
212 ほしあひのけしつぶほどの地球にゐ
214 牡蠣筏月が渡つてゆきにけり
一読して、俳諧味豊かな作品の中に、次のような端正な叙景句があることに、まず感銘を覚えた。
054 九州・大宰府
たたなづく筑紫山垣ふゆかすみ
097 潟はるか雪に埋れぬもの戦ぐ
214 牡蠣筏月が渡つてゆきにけり
また、生きもののあわれを詠う句や、人間の生きる場を冷徹に詠んだ、次のような句も印象的であった。
056 飛びながら死す鳥あらむ極月を
150 はしやぎたるあとのむなしさ蝌蚪に足
212 ほしあひのけしつぶほどの地球にゐ
今回、中原主宰の最新の句集をゆっくり読む機会に恵まれ、俳味や機知に富んだ多くの佳句以外に、俳句の王道でもある自然を詠う句や、深長な心奥表出の作品に接することが出来た。そこから多くの感銘を戴いたことに、厚く感謝申し上げます。
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